193~【第6章マウリッツ創成期物語】・1
バレンツ海。マウリッツの西側に到着したイブレートは頭を抱えた。
辿り着いた彼の地は、極寒の氷の世界。
港などもちろんなく、中型の帆船は仕方なくフィヨルドの崖下に着けた。
座礁を避けるためであった。
聳え立つ岩は行く手を塞いだが、先回りし徒歩で移動をしてきた兵が崖の上から縄梯子を掛け待っていた。
切り立つ崖を北からの風に煽られながら、イブレートもその素手で登った。
船に数人の兵を残すと、最後がイブレート。
皆を見届けてからの崖登りであった。
ザッブ~ン!
ドドドドドドドドド~!
『あっ!』
残った兵が帆を畳んでいる時であった。
突風が帆を煽り、船体ごとグルグルと回し始めると、船底が崖下の浅瀬に乗り上げた。
座礁したのだ。船は大きく斜めに傾くと船底を見せ、崖にもたれて止まった。
『大丈夫かぁ~!』
反応しない船からの声に、イブレートはスルスルと縄梯子を降り始めた。
「ダメです! イブレートさま~! 登ってください!」
「今、降りたら危険です!」
「さあ!早く!」
降りようとしたイブレートを、崖に登り切った兵達が縄梯子ごと引っ張り上げた。
それは降りるスピードの比ではなく、一気にイブレートの体を崖の上まで引っ張り上げた。
上げられたイブレート。
眼光鋭くこう言った。
『なぜ上げる! お前らは彼らを見捨てるというのかぁ!』
「いえいえ、イブレート様! 下をご覧になってください!」
崖の上から真下の海を覗くと、斜めになった船の甲板の縁。
残された兵が皆で手を振っていた。
「大丈夫で~す!! イブレートさま~!」
「浅瀬です!これ以上は沈まないと思われます~!」
しかし食糧と資材は海水に浸かり、この地での生活に必要な多くの小麦や薪ストーブがその船底から流されていた。
「彼らの命は助かりましたが、大変なことになってしまいました」
「イブレートさま。これから如何なさいましょう?」
『残った兵をまずは助けよう』
「もとろんのことですが」
『良い方に目を向けるのだ』
「良い方?」
『この船は元々、私達と生活の糧を運ぶために使われたもの。だとしたら帰りの用立ては気にしなくてよい。ここに居を構えると言うのはそう言う事だ。この船に使われている木材や鉄、ふんだんに使わせてもらおうぞ。躊躇うことはなくなったということだ。ここに腰を据える決心をつけろと神がおっしゃったのだ!』
「なるほど!」
『さあ!残りの兵に梯子を!』
兵達は、イブレートを上げた縄梯子をまた崖下に放り投げた。
傾いた船に、中々届かなくなった梯子。
引っ張り上げ、摺り下ろすを繰り返した。
風に煽られ、船の裏側の海水に縄がポチャリと浸かった時だった。
崖の上の兵達の手に引っ張られるような手ごたえがあった。
「んん?」
崖下を覗き込んだイブレートの兵。
そこには2艘のカヤックが波に揺られていた。




