188~生きるための海賊
「ドロテアの旦那様。あなた様は何も知らないのですね?」
「俺はな。ここで生まれ育ったのだ。人との関りも薄い。知識もここのそれまでだ」
「優しさはあっても本能は剥き出すと言う、世間とは隔離された者に生ずる魂の行く末だ」
「知らぬ!俺はここしか知らないのだ!」
「しかし親の死に至っては、どこに住んでいまいが関係ありませんでしょう?」
「お前らは本当に海賊なのか? ならば盗人! 俺に説教を垂れる身分ではなかろう! それにな、お前たちのその格好!俺が聞いている海賊の身成と全く違う!薄汚い!」
ナナカマドの木の上。
ひとつ窓がパカと空いては、また閉まった。
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時は西暦1000年代初頭。イングランドの王国では、あのエドワードが懺悔王として少なからずも君臨していた時代。
大波のノルウェーの海岸沖に、50舟もの大きなカヤックが突如現れた。
友好的ではない茶の艶肌。表情を変えない皺の多い口元。背中まで延びたゴワとした長い髪。
ツンドラの北から南下を企てた海賊であった。
その海賊は通説の鉄の鎧ではなかった。
厚いヘラジカの毛皮。セイウチの革マント。手にはイッカクの角をそのまま研いだ槍。白人よりも小柄ではあったがその体格と容姿はそれと変わらぬ見映えを見せた。
それは大形の獣と闘い続けた証し。
ヘラジカやトナカイを遊牧するという日々の肉体生活は、彼らの筋肉を猛獣と変わらぬ肉と化した。
以前は手を結ぼうと度々南に下って来た彼らであったが、肌の色の違いと生肉を貪る習慣は蔑まれた。
差別を余儀なくされると追い払われるように、幾度となく北に追いやられた。
しかしこの時は違った。
戦闘と強奪を繰り返すと、グイグイと内陸にまで足を延ばし、金品や食糧を奪って行った。
それは差別からの見返しではなかった。
この年の冬。エスキモーというイヌイットたち極寒の地。
放牧のトナカイの間で思わぬ疫病が発生し、その家畜の量は一気に激減した。
更には生肉を食べるという風習が、追い討ちのようにその死者を増やしていった。
食糧が無くなれば山から下りてくる猿や熊と同じだと思われた彼らの行動は、ツンドラの奥深く、イグルーに住んでいる1人の女によって決められた。
困り果てた彼ら。
北の氷の大地で幾世代にも渡って神の使いとして生きて来たその呪術師の女。
この疫病は奴ら白人どもの仕業。外からの病がこの白銀の地を黒く染めると占った。
祈祷を終えた彼女は「白い悪魔を叩きのめせ」と神からの命としてそれを下した。
時のノルウェー国王、スヴェン。
イングランド王国での戦争帰り。
引き上げて到着したばかりのノルウェーの南。
ベルゲン港でサファイヤの指輪を片手に甲板の上で寛いでいた。
※イグルー
イヌイット(エスキモー)の雪の家




