185~サファイアの秘密
1013年。
この時代からしても遠い過去のことだ。
デンマーク・ノルウェーの王スヴェン1世はイングランド王国に侵略を開始した。
ハロルド国王は即位後まもなく戦死した。それを逃れる為、その時の次代の王となるエドワードはフランス・ノルマンディーに亡命を謀った。
理由は分からず終いだが、直後に撤退を余儀なくされたスヴェンの軍は自国に帰って行った。
1042年。
王としては有り得ない大聖人だったエドワードが戴冠した。
イングランド王国最後のアングロサクソン人君主。
各国から攻め入る迫害に屈せず信仰で守ったカトリック信仰の王だ。
しかしそれゆえか、政治的に能力に掛けた右腕は度々この地に治世の混乱を招いた。
彼のやったことと言えば、図らずも彼の大聖堂・ウエストミンスター寺院を建設した事。
その懺悔王。エドワードの戴冠式に使われた指輪。それは大きなサファイアの塊り。
インドシナ交易がもたらした一品だ。
ヒンズーには不幸をもたらし、仏教徒には尊重されたスターサファイア。
古来から何世紀にも渡って王室や貴族に持て囃された紫の石。
サファイアの中でも最高峰の宝物。
その神聖な石は、王室を守る宝石とされたばかりか、地球を支える台座。
その反射が空を蒼くするとまで言われ、夜には星彩群を放つ石として崇められた。
天の宝石。空の宝石とも呼ばれたのはそれが理由。
身に着ければ平和と善を授かる。
サファイアを水に浸せば秘薬となり、蛇やサソリの毒にも効くとされた。
ペンダントとして首に掛ければ、悪霊から身を守る魔除けとしてもその役目を果たした。
正に戴冠の式には打ってつけの代物であった。
その冠を被った式でのエドワードの指先。
人差し指と中指がくっつかないのではないかと思われるほどのサファイア。
しかし煌びやかな炎を上げる蝋と鯨油のランプにも鈍い光しか放たなかった。
来賓貴族たちはざわついた。
彼らにとっても有り得ないほどの巨大な石。
紫の絵具で塗られたようなくすんだ石。
「なあ、あれはサファイアかい?」
「とてもインドシナの物とは思えんな」
「本物かい? イミテーションかい?」
「俺は思うんだが、スウェーデン・ノルウェー軍を率いたスヴェン1世じゃないか?」
「どういうこと? 本物は奪われたってこと?」
「よく考えてみろよ。宝は先代のハロルド国王が持っていたはずだよ」
「しかしスヴェン1世軍に殺された」
「奴らにとってサファイアはオーロラのそれ。ツンドラの夜の色。あやかりの宝石。この世で一番大きく美しい石を欲しがるはずだ」
「あの指輪は、この国の王が未だ力を持ち君臨し続けているという、、、見せかけの偽りの宝石だ」
「この国の宝は敵の襲来にも立ち向かい、エドワード懺悔王によって守られているという?」
「権力の誇示だ」
※懺悔王。
迫害に屈せず信仰を守った聖人の称号。
謝る王という意味ではありません
※第93~「魔女の成り方」に挿絵を掲載致しました。




