182~ドロテア物語9・「吐き気」
夕の太陽は水平線を横に流れ、中々沈まなかった。
しかし東の天空は、ドップリと星の宙に変わっていた。
見えて来たのは紫の宵にポッカリと浮かんだ白いマウリッツの天守。
まだその姿を見たことの無かったエスキモー達は、その大きさに驚いた。
「ドロテアの旦那様。まるで大きな山を持つ島のようでありますな」
ピケルは目を細め、白い天守を見上げた。
「俺たちは子供の頃から見て来たからな。親に連れられてな。子供にとっては遊園の城だ」
「遊び場?」
「年に一度、夏にな」
「ってことは中に入れる?」
「ああ、ラーシュ一族がここを出て行った時、城壁の扉を開け放して行ったらしいのさ。ま、もう用はないということだろう。城壁の扉を閉めるには一苦労だからな」
「重い?」
「そう数人掛かりだ。ただ城の入り口はキッチリ閉めて行きおった」
「お爺様はこの中に?」
「それはわからんさ。けどな、浜からは今来た道が一本だけ。用もないのに逸れるとは思わないが、、、すれ違いもしなかった、、、」
月の明かりが開いた城壁扉から漏れ出していた。
確かに扉は開け放たれたまま。易々と入れる様相であった。
「お~!まさかこの城に入れるとは夢のようだ。遭難してみるもんだなあ」
「バカを言ってるんじゃないよ。ピケル。入るぞ。お爺様を捜すのだ」
『おえッ。ゲフッ』
「なんだ?どうした?アグニア」
『、、、んん。なんだか吐き気が』
城壁を半歩跨いだアグニア。その場で吐いた。
『何か妖の気が身体を襲うのです』
「妖の気?」
『わかりませんか?この薄っすらと臭う、、、漂っている物』
ドロテアの父とエスキモー達は月を見上げてクンクンと天守に鼻を向けた。
「いやあ、わからぬが。この古い城の饐えた匂いでは?」
『いえ、なにか薬のような、、、腐ったような、、血の臭いが』
「怖気づいたんじゃないのか?」
『いえ。ゲホッ。ガフッ』
「まあ良い。お前はそこで待っておれ」
ピケルが言った。
『一人で? ここで? 若い女子を一人で? ゲホゲホッ』
「わかった。わかった。おい!ハッセ!お前ここでアグニアの面倒を見て置け!」
ピケルがこの船乗りで一番若いハッセという青年を指差した。
「え? わたし?わたしも中に入りたいです! マウリッツの城を見てみたいのです!」
「そうは言ってもだ。この暗闇に女子一人を残せんだろう。頼んだぞ!」
「え~!?」
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「おい!ハッセ!背中を摩ってくれ! 今朝食べた魚が口から出るッ!」
「わあわあ!マウリッツの城の前はイブレート様の面前で吐くのと同じ!よそに行け!よそに! あっち!あっち! まったく妖の気だのとわけのわからんことを言いおって!」
「ゲホッ!知らないのかい?! 月と太陽が正面でぶつかる日はねッ! 2人の死者が出ると言うに決まっているのさッ。ゲホッ! 私は決まって吐き出すのさッ!」
「おい、お前、、、魔術使いの女のようだな、、、じゃあ俺の行く末もわかるか?」
「ああ、言いたかないけどわかるさッ!チッ!」
若かりしアグニア(イメージ)
※前話にこの小説の舞台、ノルウエーの地図を掲載。
分かり辛かったと思い、取り急ぎ手書きでシャシャと描いた物ですのでご了承を。
マウリッツやヘルゲの街、ベルゲン、マーゲロイ島の大体の位置も載せてあります。
汚い字ですが、、、




