180~ドロテア物語7・「とにかく城にゆく」
「お、こうしちゃおれない! お爺様を捜しに行かねばならなかった!」
「お爺様?どうなすったのですか?」
「朝から出て行ったきりこの時間になっても戻って来んのだ」
「あれま? どうなさったのでしょう? よろしければ一緒に捜しに参りましょうか?」
「は?なんで? 得体の知れないお前らがか?」
「どっちにしろ、この荒波。舟を出す事も出来ない上に、船底が少し抜けてしまっております。ついでに当て板でも探しに参りましょうかと」
「なんだ?そう言って俺を袋叩きにでもするんじゃないだろうな?」
「そんな、そんな。滅相もない。信用なすってください。私達は礼には礼で返すと言うしきたりの者。見ず知らずの方でも、お助けいただいた礼はお返しいたします」
「ほう」
「それに旦那さまのその掌。縄をお引きくださったせいで血まみれではありませんか。そこまでして頂いたお方を袋叩きなぞ」
ニーナの父親はクルと自分の手首を返した。
夕闇の迫る紫の空がその掌を映し出すと、流れ出す血が赤紫に染まった。
「旦那さま。まるで紫色の宝石を握っているようですわね」
若い娘、アグニアがその掌を覗き込んで言った。
「とにかくな、こうしちゃおれんのだ」
「ではご一緒に」
「ま、この宵闇を一人で城まで行くには心もとなかったところだ。ついて来い」
「城? マウリッツの?」
「ん?そうだが、、、お前らマウリッツ城を知っているのか?」
「もちろんです。私達はエスキモーという民でございます」
「エスキモー?初めて聞く」
「その昔ここでイブレート様に使えておりまして、、、ゆうなればマウリッツの民でありました」
「ではお前らにとって俺は敵ではないか?」
「ハハッ! いくら敵でありましょうとも礼は礼。しかもそれは随分と昔の話でありますし、本当にラーシュ一族がここに住んでいないのであれば尚更」
「いないよ。とっくだ。到の昔に出て行った。俺たちだっていつのことだかわからん。信用できないのであれば、マウリッツの城に行きがつら街を見て行けばよい。人っ子一人おらぬどころか、風しか通さぬ廃墟の街だ。なに一つ残ってはおらん」
そう言うとニーナの父親は、血でぬめった掌を浜の砂でパタパタ払いヨイショと腰を上げた。
「さてと、捜すか」
そこでエスキモーの若い娘、アグニアがポンと質問をした。
「なぜ、マウリッツの城なのですか? 当てでも?」
しかしニーナの父親。それには答えなかった。
彼は考えたのだ。
娘ニーナに聞いた紫の指輪。
届けに行くとしたらお爺様の事。こんな物を届ける所など他にない。
イブレートの物だと読んだお爺様。きっとマウリッツの城に返しに行ったのだと。
「とにかくだ。城に行くのだ。いなければ他を捜す」
もちろんまだ、信用できぬ得体の知れない連中。紫の石のことには口を開かなかった。
※178話~ドロテア物語5・ナナカマドの下で眠る」に挿絵を掲載致しました。
宜しかったら是非ご覧ください。単なる風景画です。




