18~用意された地下の小部屋
「大丈夫だ。安心しな。俺達はここの男爵夫人の下で働いている者だ」
「今からな。別の場所に移る」
『えッ。でしたらなぜその様な格好で? しかもこんな夜更けに』
「ん~、だからそのぅ、ヘルゲ男爵の手下ではなくぅ、夫人の手下というかぁ、、」
「つまりな。今ここにドロテア夫人はいないのだ。ちょいとばかり旅に出ていてな」
『ん?』
「ここのヘルゲという男爵はかなりのおスケベ」
『おスケベ?』
「そうだ。いつお前を襲いに来るかわからんのだ」
『お~怖いッ』
「だから、男爵殿に内緒でお前を連れ出してくれと、ドロテアさまのお言いつけでな」
「鎖を外すから、少し黙っててくれ。」
そう言うとキルケはアデリーヌの鎖に繋げられた白い素足を持ち上げた。
その踵を自分の膝の上に乗せると、鉄の足枷の鍵穴をクルと回した。
「よし、外れた。急ごう!」
『あ、わたしはどこに連れて行かれるのです?』
「いいから黙ってついて来い。悪いようにはしない。庭の先にロバがつけてある。それに跨れ。お前のことを考えて背の低いロバにした」
キルケは、アデリーヌの手首を握ると、そーと小屋の扉を開けた。
「イワン。ヘルゲは?」
「大丈夫だよ。まだ部屋の中だと思う。なんか皿を洗っている音がする」
「あの料理番の婆さん、皿洗いまで残してきたのか?」
「時間稼ぎにもう一仕事やらせてるってわけだ。へへッ」
キルケはもう一度ゆっくりと小屋の鍵を締めると、アデリーヌの手を引っ張って庭の芝生を駆け抜けた。
音を立てぬ様にか、男たち4人ともが裸足であった。
「うまくいったかい?」
ロバの番をしていた男が聞いた
「ああ。この女だ」
「ではさあ早く!乗れ!」
5人の男はアデリーヌが乗ったロバの周りを取り囲み、一目散にドロテア通りに向かった。
石畳の店はもうほとんどが閉まっていて、いくつかの露店居酒屋だけがランプの下、ワイワイと賑わっていた。店は明るく、暗くなった通りを振り返る者はいなかった。
「イワン。今度はヨーセスの店の鍵だ」
「ホイきた!」
ロバを真ん中に5人の男たちは、ヨーセスの店の前に立った。
「イワン。開けて!」
ガチャリ バタッ
「よし!」
キルケは一通り辺りを見渡し、見ている者がいないのを確認すると泥の路地裏。人目につかぬようヘルゲ通り側でアデリーヌをロバから下ろした。
「ここだ。入るぞ!」
暗い店内。イワンともう一人の男がランプに火を点けると、煌びやかな宝飾類が目に飛び込んできた。
昼間の店内とは全く違う別世界が広がった。
「突き当りに地下に降りる階段がある」
5人の男はアデリーヌの手を引きながら、ランプを頼りに階下に下りた。
降りた先には扉はなく、狭い小部屋が一つあるだけだった。
そこに置いてある厚い板で作られたテーブルの上。
火を照らすと、
畳まれた青いシルクのドレス。
その右隣には一足の黒い牛革のブーツ
左隣には数々の装飾品
キルケは言った。
「これに着がえろ」
『えッ、私がこれを?』
「ああ、これはこの店の男。ヨーセスからの差し入れだ。ドロテアは知らぬ」
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「じゃ、イワン。明日の朝。ヘルゲの家の前でな。」
「わかったよ。キルケ」
そう言うとキルケにここの見張りを頼み、4人は店をあとにした。
イワンは出がけに店の指輪を一掴みポケットの奥に捻じ込んだ。




