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179~ドロテア物語6・「打ち寄せられた舟」

「え、どこに行ったんだい? こんな遅くまで帰って来ないなんて」

 「私が見つけたの。サヒーヤの指輪」


「サヒーヤ?」

 「うん!紫の石。浜で」


「それを?」

 「持っていた人を知ってるって。届けに行ったの。朝から」

「朝からいないのか?届けに? お前お昼は?」

 「お爺様が魚を2匹焼いていってくれたの」


「それにしてもおかしいな。もう日が沈むぞ、、、」

 「沈む」

「母さん。俺ちょっと探しに行ってみる」


 そう言うとニーナの父親は手ぶらで表に出た。

風は夕方になっても鎮まらず、目の前の浜辺の波はニーナの家の寸先まで押し寄せていた。


 ドド~ン ドドドド~ン


オレンジに染まった波はその白い泡を甘皮にして次から次へと打ち寄せていた。


 

 ニーナの父が家から出た時であった。

「あれ?なんだ?」

波打ち際でアタフタと小船を引っ張り上げる者。5つの影があった。


「え、舟? 人? 誰だ?」


 片手を上げ、人差し指で指示をしている者。

波音に打ち消され何を言っているのかわからなかったが、大声でわめいている。

夕刻の長い影がそのザワザワとした風景を浜辺に映し出していた。


 

 ニーナの父親はすぐに察した。

このバレンツの沖合をいつも航行している奴ら。

(もしかしてこいつらがお爺様を?)


居てもたってもいられず近づいた。


「おい!お前ら!! ここで何をしている!!」


ニーナの父はその声が波の音に消されぬように、有りっ丈の声で怒鳴った。


 驚いたのはその者達。

一斉に舟からの縄を手放した。

被った波は、一度浜辺に小船を押すとその船底を浮かせ、今度は一気に沖に引き戻し始めた。


 舟から離れた者達をよそに、ニーナの父親が一本の縄をつかんだ。


「お前ら!!何をやっておるっ!! 引っ張れ!引っ張れ!引き戻すんだぁ!」


その5人。

足の腱が千切れたかのような速さで引いた浅瀬にバシャバシャと踏み入ると、ニーナの父親と一緒にその縄を引っ張った。



波に足を取られ腰を打つ者。

頭から波を被る者。

血まみれの掌



 ズルズルと浜に引き上げられる舟。

それはニーナの家の浜小屋近くまでのし上がった。

浜辺にできた船底の跡。そこに一筋の波がザザと流れ来た。




「ふ~ぅ、助かったぁ」

5人は両手を着いてその場に腰を落とした。


 げそうだった両腕を交互に摩りながら、ニーナの父親も一緒に腰を落とした。


一息ついた。

何者かと左右を見るとまだうら若い男4人と女1人。


 

 「助かりました。ラーシュの民の方でございますね?」

その1人の女が声を発した。


「ああ、ラーシュというか、、、ここの浜の民だ」

 「というか?」


「ラーシュなぞは、とっくにいないわ。俺たちは残された民」


 「おや? 私達は遠くこの浜を眺めていたのですが、人の気配がずっとございましたので、未だにラーシュ殿の支配下にあるものとばかり」


「いつの話をしておるんだ。俺たちすらラーシュなぞ遠い昔の話だというのに」


 「では、ここは今?」

「この浜の近くに何軒かの家があるだけだ」


 「ほう」


「それよりもお前らこそ何者だ? その顔は、、、」


 「はいはい。この北に住んでおります」

「まだ北に?」


 「はい。わたくしはアグニアと申します」

「まだ若い娘だな」

※第24話「ようこそマウリッツの城へ」に挿絵を掲載しました。

これがテオドールの初お披露目(イメージ画)。ちょっと漫画っぽいかな?


いつもお読み頂き誠にありがとうございます。

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