178~ドロテア物語5・「ナナカマドの下で眠る」
年寄りのお爺様にとっては厳しいものだった。
木の無いこの地。浜辺で暮らし続けたお爺様にとっては至難の業。
しかし余命少なくなった彼にとって、最後の償いであった。家の前に現れたサファイアの指輪。
それをここに戻す事が最後の勤めと、強く高い枝々に足を掛けていった。
雷に割れたナナカマドであったが、夏場は濛々と生え出す葉の群れでその姿を隠す。
その葉が塗されたこの時期。
風に振り落とされた葉がその根元で一度渦を巻くと、城壁の外へと流れて行った。
ナナカマドの木は更に枝ぶりを露わにしていた。
「この辺りがあの窓の高さ」
股の間に枝を挟んで座ると、腰を前後に動かしながらその先端に向かった。
窓に向いた細い枝であった。
「これ以上は、、、」
お爺様は左手で枝を抑えると、身体に巻き付けていた毛布の紐を外した。
紐の先を持ったお爺様。
有りっ丈の力でグルグルと回し始めた。
「良し!今だ!」
南風にパカと開いた東から二つ目の部屋の窓。
投げられた八折の薄手のシルク毛布。
風の渦が、その上昇気流に乗せた。
ヒュルルと飛んだ毛布。
ものの見事にその部屋の窓の中に吸い込まれた。
投げた勢いで、枝の上でクルリと廻ったお爺様。
逆さの宙吊りになった。
ナナカマドの枝が下向きにグイと撓った。
銀の刺繍の毛布。
窓脇にあったベッドの上でポンと跳ね返ると、開いていた箪笥の引き出し。
そこにドサと収まった。
収まった反動か、引き出しは毛布を吸うようにポンッと閉まった。
それはこの部屋から慌てて逃げ出したイブレート。
閉め忘れた一番の下の引き出しであった。
さっきまで強風にパカパカと開けたり閉めたりを繰り返していたその部屋の両扉の窓。
パタと締まり、それきり開かなくなった。
お爺様の掴まった撓った枝は、その勢い。
弓のようにパーンと跳ね上がると、その両手をその枝から振り払った。
お爺様。
城の2階の高さ同様。背中からドスンと落ちた。
お爺様の身体も芝土の上で撓った。
しかし誰かに受け止められたかのような、しなやかな土。
お爺様はそこで両手を広げると、枝からはザザザとナナカマドの葉が落ちて来た。
やわらかい敷布の芝土。
降り落ちて来る緑葉の毛布。
まるで銀の毛布の代わりのようだった。
木登りに疲れた体にはなんと心地のよいベッド。
落ちた痛みを感じるどころか、このままここで眠れそうであった。
目を閉じたお爺様。
そこはイブレートの代わりとなった」バルウが眠っている土の真上。
お爺様はそのまま息を引きとった。
風はそこで吹き溜まりを作ると、落ちた葉っぱを横たわるお爺様の体のうえに掻き集めた。
それきり風は止んだ。
※前話177~ドロテア物語4・「毛布」に挿絵を掲載致しました。
宜しかったら是非ご覧ください。
※本日は前話177~ドロテア物語・「毛布」と178話「ナナカマドの下で眠る」と2話投稿しております。
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