177~ドロテア物語4・「毛布」
古い昔の物だ。
数十の店が立ち並んでいたマウリッツの街。
隣の店に屋根を落としている雑貨屋。めくれ上がった棚板が整然と並んでいる干物屋。
石畳の上に転がる底の抜けた桶。
店の間に立て掛けられた物干し竿は、倒れ去りその路地を塞いでいた。
吹雪の残風が西からとも東ともわからぬ渦をここで巻いていた。
ニーナの祖父。お爺様の足が止まった。
端切れた生地だけが積まれた服屋。剥きだした引き出しから風にひらひらと靡く布があった。
シルク地に銀の蔓柄の布地。
お爺様は暗い伽藍洞の店の中に入ると、その布を手に取った。
皺くちゃの手から滑り落ちるかのような、サラサラと手触りの良い生地。
「美しい毛布だ。これはきっとイブレート様に献上するつもりであったのだろう。いくらマウリッツとはいえ市民には手の届かぬ物。この店で作っておったのかな?」
お爺様はそれを店棚に広げると八つに畳んだ。
「これもイブレート様の物であろう。指輪と一緒にマウリッツの城に届け献上致しましょう」
店を出たお爺様。
毛布を右の脇の下に、左手には指輪。強い風に煽られた。
「おお、まずいまずい!飛ばされる!慎重に」
数歩歩いたお爺様。魚を吊る下げて干す為であったのか、店奥に多くの紐が山積みされたままになっていた干物屋を見つけた。
「そうだ。この店から頂いたんだ」
それは塩抜きの薪。浜辺に投げ込む漁網。ここの店の物も頂戴した。
そこに入り麻の紐を拝借すると、毛布を十字に縛った。
今にも崩れ消えそうなボロボロな紐だったが、マウリッツの城まで保てば良いと、サッと縛るとその結び目にも紐を通し担げるようにした。
毛布の中にサファイアの指輪を押し込んだ。
繋がれた毛布の紐を肩に担いだお爺様。
「これで片手が空くわい。強い風でもへいちゃらだな」
店を出たお爺様は人気のない裏びれた風の街を一人、マウリッツの城へと向かった。
お爺様は知っていたし、何度も訪れたことがある誰も住まぬ城。
城の扉の鍵は固く閉ざされていたが、城壁の門扉はラーシュ一族がここを出て行った時から開け放たれていた。
戻る気のない城。
律儀に城の鍵だけは閉めていったが、城壁の扉は出て行ったままだった。
「やはり開かぬな」
城の門をくぐったお爺様は、一度城の扉を引っ張った。
「どこにお届けすべきか」
ここでも風は南から北へと渦巻きながら吹いていた。
お爺様は東側の庭に回り込むと、そこには一本の雷に打たれたナナカマドの木。
ふと見上げればそこから寸先の部屋。
両扉の窓が、風にパカパカと開けたり閉めたりを繰り返していた。
「なんだ?あの窓。開いているではないか」
お爺様は毛布の結び目から延ばした紐を体に縛り付けると、両手両足を幹に絡めながらその大木を登って行った。
※この話の語り。
第51話「引き出しから大きな指輪」を再読して頂ければ良いかと思います。
※前話「176~ドロテア物語3・血の管」に挿絵を掲載致しました。
宜しかったら是非ご覧ください。




