175~ドロテア物語2・「吹雪の後」
彼らマウリッツに残されたラーシュの漁民たち。質素であった。
木の生えていないこの街と浜辺。
冬ともなれば極寒だ。
それでも凍え死にはしなかった。
捨てられた浜の家や浜小屋。元々暖炉はあった。
しかし燃料にする木はどこにも生えてはいない。
あったのだ。
それは毎日のようにバレンツの海岸に打ち寄せられる流木であった。
だがこの流木。多くの塩を含んでいる。それを乾かしそのまま使うと暖炉はすぐに錆びついた。
この地に来て180年。彼らは塩を抜くことを覚えた。浜辺から数時間歩くと丘の麓。そこには年中雪解けの小川が流れていた。浜小屋に古くから残されていた漁網を紐代わりにすると、5本を一束に水に浸け、紐の先を土手の大きな石に縛り付けた。
一週間もすると塩は抜け、取り出された流木は今度は浜小屋の砂利の上に並べられた。
10日もすれば乾燥した薪が出来た。
それに気づく前は暖炉は壊しては捨て壊しては捨てされていたが、マウリッツの街にまで残されていた暖炉は豊富にあった。
薪を縛るのに使われたこの網。ラーシュがいた時代は、浜に打ち上がる魚だけを獲って食べていたが、その公爵がいなくなってからは、残された漁網を紡いで投げ網や地引網をして多くの魚を捕まえた。
なぜラーシュ公爵がいた時代にそれをしなかったか。
民はバカではない。この食料のない土地でそんなことをしたら全てラーシュ家に献上だ。
自分達の食い扶持は無くなる。
しかも数の少ない漁民。そこまでの量はいらなかった。
細々と自分達が食べる分だけを獲って食べた。
網はラーシュに見つからぬよう、彼らによって砂利浜の下に隠された。
長年潮の浜に埋もれていた網であったが、取り出した時にもその姿は変わっていなかった。
強く太い網。それはイッカクという海の獣を獲る為の物だったからに他ならない。
イッカクを獲っていたのはエスキモー。その為の網を作っていたのがマウリッツの漁民達であったのだ。
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滔々(とうとう)とうなる吹雪に荒れた翌日のことであった。
雪雲が東に離れると、その日は大気までもが水色に光る雲一つない快晴の朝になった。
雪が積もることはなかったが、波はまだ荒れ、風は北から南に強く吹いていた。
10になったばかりのニーナ。
その荒れる海岸伝いを、いつもと変りなく散歩していた。
「なんだ? なんだろう?」
遠くからでもわかった。
神々しく紫に光る点。退き始めた潮と砂利の間であった。
ニーナはそこに引き寄せられるように走り出した。
朝日に照らされ、ドンドンと強く光る物。
目の前に現れたのは、サファイアのリングであった。
ニーナは腰を屈め、それを掌に握り締めると、一目散にお爺様のいる家に帰っていった。
砂利浜の潮がその足に跳ねた。
「お爺様!!お爺様!! 今、浜で! こんな物を見つけたよ! すご~く光ってる!」
※前話・174話「ドロテア物語1・マウリッツ・バレンツの浜辺にて」に挿絵を掲載致しました。
名作「砂の器」を参考にイメージしてみました。
宜しかったら是非ご覧ください。




