171~マウリッツ攻防記・10「食料も舟もない」
ラーシュ一族がマウリッツの城を襲った翌日。
「腹が減った」
ラーシュ公爵は鎖帷子を身に着けたままその腹を摩った。
「食べ物はまだ。たった今この城を占拠したばかり。これからの手配になりますが」
「この奥の厨房には何か残ってはおらぬか?」
「はい、そう思い見ました所、イブレートが食べ終えたらしき皿だけ。綺麗に片付けられておりまして」
「突然襲ったのだ。どこかに食糧が保存されているはず。探し出せ!」
「いえ、それどころか、城の裏側の井戸も塞がれておりまして」
「ん?凍っておるのではないか?」
「いえ奥の方がよく見えないのですが何か放り込まれて使えなくしてあるようでございます」
「なんだ?それでは我々がここを襲う事を、早くから知っておったみたいではないか?」
「どうでございましょう? それは我々にもわかりません」
「ん~。とにかくだ。食糧を確保出来ぬとこの城を奪った意味が無い。それが出来たら残して来た女衆や民をここに呼べ。これからのラーシュ家の地は、マウリッツになるのでな」
「はい、承知致しました。それではまず食糧をなんとか」
「頼んだぞ」
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「何も無いし、誰もいない」
「ああ、殺っちまった者以外、人っ子一人いない」
「逃げ足が早いな」
「どこぞの家に、食べ物でも置いてないのか?」
【ヨーセスの店】
「おい、この店。食い物屋じゃないか?」
「看板にはそう書いてある」
しかし2人の兵、中に入ったものの、棚にあったのはこれ見よがしの芋ひとつ。
「チッ」
「わざとらしい」
ラーシュの兵は芋をポケットに捻じ込むと、すぐにその店を出た。
「なんだかさっきからずっと臭わないか?」
「お前も気づいたか?」
「ああ、城から離れればは離れるほど臭ってくる」
「何か薬のような」
「ああ」
2人の兵は街を抜けると、バレンツの海岸に辿り着いた。
延々と続く紺碧の浜。
体にまで響く波の音。
冷たい空気が彼らの肌を鳥にした。
「なあ、マウリッツの民ってのは漁もしていたと聞いているが、船など一艘もないぞ」
「変だな」
「街から真っすぐに来たんだ。漁をするならこの浜は絶好の小港のはず」
「いや、あったはず。ほれ!あそこを見ろよ。浜小屋もあるし、ポツンポツンとボラードもある」
その杭に近づいた兵。
「おい、このロープを見てみろよ」
「切られてる」
「切られたばかりだな」
「慌てて逃げた」
「たぶん」
「どこへ? 冷たい海で漂流するだけだろ?野垂れ死にだ」
「お前は知らんのか? この辺りは島だらけだ。行きつこうと思えばより取り見取り。但し無人島ばかりだがな」
「どこが一番近い?」
「たしかマーゲロイ」
「聞いた事もないが、、、やっつけてしまうか?」
「無理だ。追っかけようにも、もう一艘の船もないわ」
※前話「170~マウリッツ攻防記9・稲妻と星」に挿絵を掲載致しました。
宜しかったら是非ご覧ください。
※ボラード
船を繋留する為に岸壁や浜に設置する杭のこと。
わかりやすく現代英語で本文の会話に記しました。




