17~料理番の婆さんと男たち
キルケとイワンがヘルゲの館に訪れた前の晩のことだ。
料理番の婆さんが帰りの身支度を始めた。
「ではでは、ヘルゲ男爵殿。ドロテアさまがおられなくてお寂しいでありましょうが、私はそろそろ」
「ああ、暗くならぬうちにとっとと帰ってくれ。今日はもう良いでな」
「あ、そういえば私。薪小屋の裏に洗濯物を干したままでしたわ!それにドロテアさまから井戸の水が思うように上がらぬから見といて欲しいと頼まれていたのを忘れておりました!」
「それはもう良い。明日でいいからどんどん帰ってくれ」
「いえ、そういうわけにはいきません。せっかく乾いたお洋服が夜露で湿ってしまいます。それに井戸の水が汲み上がらないようでは、明日のヘルゲ殿のお食事にも差しさわります。」
「早く済ませよ」
「はいはい、少しばかりお時間を頂ければ」
と、言いながら料理番の婆さんは表に出ると、洗濯物を取り込むでもなく、井戸の様子を窺うでもなく、薪小屋を横目にすごすごと帰って行った。
庭の芝の先、石段を下りると淡い月の明かりに黒い布を被った男らしき連中5人と1頭のロバが待ち構えるように立っていた。
「どうだい?婆さん。中の様子は?うまくいったかい?」
「はい。ヘルゲはまだ私が小屋の周りをウロウロしていると思っているはず。もうしばらくはまだあの魔女の小屋には行きますまい」
「では、今だな」
「今しかございません」
「イワン。ドロテアさまから預かった小屋の鍵と、足枷の鍵は持っているな?」
「ああ」
ジャラリン
「かなづちは?」
「持ってるよ」
「もし、ヘルゲに気づかれたら、それでコチンッ!だ」
「では行こう。皆、静かにな。音を立てるな」
「キルケ。ロバはどうする?いつヒヒンと鳴くかわからんぞ」
「ここに置いておけ。誰か一人ロバと一緒に待っておれ」
「あ、婆さん。よくやってくれた。これはヨーセスからのお礼だ。とっておけ」
「あれま、ありがたい」
「けっこうな金らしいぞ」
「おら、重い。わたしの3月分の稼ぎはありそうじゃ」
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ガチャリ
「よし。」
薪小屋の扉は音もなくスッーと開いた。
「イワン、外で見張っててくれ」
「ほい」
「どこだぁ?どこにいるぅ?」
屋根に近い西側の壁。4つの小さな窓からうっすらと月明かりが差し込んでいた。
斜めに降りて来た光は、その下の枯葉のベッドを照らした。
浮き出たのは小窓の月の光を跳ね返す白い肌の女。
囚われていたアデリーヌ。
余りの静かさに気づかなかったのか、アデリーヌはその小窓を見上げ、ぐったりと枯葉の上に深く座っていた。
「魔術使い。アデリーヌだな?」
『あ!』
「シッ!静かに!」
『メイドの婆さん・ペトラ』
画・童晶




