169~ラーシュ物語16
それから半年。
薪が底をつき始めた。この辺りには薪になるような木は一本たりとも生えてはいない。
その薪と母屋の修繕に使われた小屋の板壁は、ラーシュに寄って全て剥がされ、基礎になっていた芝土はそれと共に崩れ去った。
3本の十字は野外に置き去られた。
壁の乾燥と湿気に保たれていた天井のフレスコ画。
梁を拝借と解体を始めると、もろくも屋根ごと崩れ去った。
芝土の屋根との調和を失くした絵画は徐々にその色を失い瓦礫の山を残すだけとなった。
小屋の木材をふんだんに使った母屋は、ものの見事に蘇った。
あろうことか、3本の十字はそのままの形を残し、外に造った便所の柱に使われた。
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「見えませんか? あの木の向こう。ほれ」
「木?木といっても丸太を立てただけのようだが?」
「ハッセ殿。ほら」
「あれ?人がいる」
「誰でありましょう?逞しい若者のような、、、」
ハッセとハラルは近寄った。
「もうし!もうし!そこの若者や。そこでなにをしておる。住んでおるのかい?」
『なんだ?いきなり』
「これはこれは、ご無礼を。わしはハッセ。この隣におる木偶の坊がハラル。この丘の下に住んでおる、、、まあ言ってみれば漁の民じゃ。で、若者。どっから来なすった?ここは廃墟の家だったはずじゃが」
『、、、、』
「ここに住んでおるのかと聞いておるんじゃ!」
ハラルがダンマリを決め込んでいるラーシュに怒鳴った。
『うるさいなあ。そうだよ。俺の家だ』
「ほう、お前の家とな? 何処から来てここに?」
『あっちだ』
「あっち?」
自分でもどこから来たのか方向のわからないラーシュ。
適当な方向を指差した。日の沈む位置であった。
ラーシュはまた鍬を抱え、庭をいじり出した。
「名前は?」
『ラ、ア、シュ』
(ラーシュ?)
ハッセは黒目を左右に動かした。
「で、なんだそのう、ここでどのようにして暮らしておるのだ? 寒かろう? 水はどうしておる?」
『隣の小屋をぶっ壊した。中には薪がたわわと入っていたので、ぜ~んぶ使わせてもらった。しかしもう尽きてしまう』
「水は?」
『探した。この先に雪解けの水が流れていたわ。毎日汲みに行っている』
「なるほど。その水がな。わしらの漁村に流れて来ておる。丘の下は海の潮風が暖かい。下る途中から木が生えておってな。ワシらは船の材料にそれを探しに来たんだが、今年は中々見当たらなくてな。ここまで来てしまったというわけじゃ」
『それが?』
「お前さんも一人では大変じゃろうて。わしらが時々、薪や魚を持って来ようぞ。なッハラル」
「ハッセ殿ぉ。いいんですか?そんな約束をぉ、こんなわけのわからん若僧に」
「いいんじゃ、いいんじゃ。お前が嫌ならわし一人でも持ってきてやるわい」
『ほほう。爺さん気前がいいな。ここのところ魚などトンと食べた事がない。それは助かる。薪も潰えたところだし。遠慮なく頼みますわ。ハハハッ』
それからというもの、ハッセとハラルは代わる代わるにこの家を訪れた。
※前話168~「ラーシュ物語15・床下の暗闇」に挿絵を掲載致しました。
宜しかったら是非ご覧ください。
※この169話の参照として。
137話「ラーシュ物語・1」と繋がります。
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