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162/1501

162~マウリッツ攻防記・8「ニルスの子」

 寒く厳しい真夜中の強行軍であった。


 紫の夜はイブレートとその兵達に降り注いだ。

着の身着のまま慌てて城を飛び出した彼ら。

胸に身に着けた鎖の帷子かたびらは、その体温を以ってしても臓の奥まで凍らせた。

鉄の兜は頭の血管を冷やし続け、眼球の定まりをも緩めていった。


 

 『ニルス。大丈夫であるか?』

イブレートが最初に声を掛けたのは、兵ではなく市民ニルスにであった。


「はい、私は大丈夫なのですが、、、妻と此奴こいつが」

ニルスの連れ2人。妻は半目で歩き、子は真っ青な顔でフウフウと歩いていた。


 『どれっ』

そう言うとイブレートはその子を抱き上げた。

 『私が抱いてゆく』


身を任せた子。イブレートの腹にズシリとその重みがし掛かった。


 

 「ああ、ああ!イブレート様っ!それでしたらわたくし達がっ!」

兵達がその子をイブレートから預かろうとすると、公爵は腰をひねって手を退けた。


 『大丈夫だ。しばらくの間だ。きたら代わる代わる交代だ』

 「それでしたら兵だけで回しますので」

 『抱く者が一人増えればうんと楽だ。私も数に入れよ』

 「、、、あ、はい」

 

 『それよりも私の帷子かたびらを頼む。子を冷やしてしまうからな』


 イブレートは重い帷子かたびらを兵に脱がせてもらうと、あらわになったプールポワンにその子を抱いた。



 温かかった。

イブレートにとっては長い間味わったことのない人の温盛ぬくもり

その柔らかな頬にキスをした。

 

 その間もニルスの妻はドップリの疲れでか、さっきまで旦那自慢をまくくし立てていた口を閉じていた。

 

 丘の上。

頭上の星々は、輝きの尾を引き擦りながら西へ西へと流れていった。

月明かりの影はその者達と、時々目の前を横切るキタキツネのものだけだった。


 代わる代わるに抱かれた子。7人目の兵が譲り受けた。


「よいしょッ」

兵は子の尻を持つとその頭を肩に乗せた。

「ん?」


 「どうした?」

今まで抱いていた兵が聞いた。


「あれ?お前感じておらんのか?」

 「なにが?」

「バカ!こんなにも冷たい身体をしているじゃないか!」


 「いや俺の身体も冷え切っているのだ!俺も朦朧もうろうとしているんだ!わからん!お前は今まで防具を身に着けていたからそう感じるだけなのだろう!」


「いいから触ってみろよ!」

 

 今まで抱いていた兵がその子の頬に手を当てた。

 「えっ?」

そのまま、子の頬を軽くパチパチと叩いた。


 「おい!ボクっ!生きているかっ!ボク!おいっ!」


後ろを歩いていたイブレートとニルス夫婦。その声に気づいた。


 『どうした!!?』

 「どうされました?」


「お子がっ!お子がッ!」


父親ニルスは、抱いていた兵から子を奪い返すと、その冷たい身体をグラグラと揺り動かした。

 「テオドール!テオドール!起きろ!おい!目を開けてくれ!テオドールッ!」

抱き上げた子の首は、目を閉じたままダラリと垂れ下がった。


 

 逆だったのだ。

代わる代わるに温かいと言って抱いた兵達。

その子の体温は、次から次へと入れ替わる彼らにことごとく奪われ、兵を守るための湯たんぽと化していた。


 後から駆け付けた母親。霜柱の芝に膝をついた。

ニルスは子の頬を叩き続けた。


 イブレート。凍える土に頭を擦りつけた。


星の流れがしばらく止まった。


挿絵(By みてみん)





※前話161~「ラーシュ物語・13 切り株と薪」に挿絵を掲載しました。


いつもお読み頂き誠にありがとうございます。

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