160~マウリッツ攻防記・7
「イブレート様。ここを離れましょう。その多勢では時機にこの辺りまでやって来るに違いありません。この分では皆殺しにあいまする」
『んん。まだオロクも戻って来ない。見捨てるわけにはいかんのだ』
「しかしそんなことをしておれば、このマウリッツの民は誰一人として生き残れないではないですか?!」
「そうであります! バルウ殿がイブレート様の身代わりになって戦っているのも、血を絶やさぬ為と!」
「イブレート様。ここは一旦引き下がるのが」
兵達は矢継ぎ早に捲した。
『致し方ないのか、、、もしバルウやオロクが生きており、戻って来たらだ、、、その時はあの2人に爵位を授け、私の上に立っていただこう。イブレートという名は一介の民と化す。それでも良いなら』
「なりません。しかしそれはその後お考えになれば良いこと。今はまだ皇帝イブレート侯爵様でございます。さっ!先を急ぎましょう!」
「あ、こいつらはどうする? 足でまといになりそうだが?」
「使える連中でもなさそうだし」
『バカもん!!』
イブレートは持っていた槍の剣先を、一人の兵の頬に当てた。
『使える使えないで計るものではない!! 同じマウリッツの民。共に歩を進めるのが当然であろう!』
「は!失礼を致しました!」
『で、お前達家族は何をして生業を(なりわい)?』
イブレートと兵のやり取りを直立不動で聞いていた若い主人が答えた。
「はい!わたくしはこの街の家々や小屋など、建物の修理を生業にしております」
『ほう? それでは自分の家の屋根の修理もお手の物だったってわけだな?』
「そうなんです。うちの亭主は手先が器用で、この間も修理で残った木の破片で操り人形なぞを作りましたら、ほんにこの子が大喜びを致しまして。今逃げて来る時にもそれを手放しませんで、、、この手をペシッと」
女房が先に答えた。
『ほう、持って来れば良かったではないか? 私も見たかった、その操り人形とやらを』
イブレートは3歩前に進むと、その子の頭を撫でた。
「イブ様ッ!!これでありまするッ!!」
その男の子は背中に手を回すと、服の下からゾロッと操り人形を取り出した。
「あらま!あんた!持って来てたの!」
母親はビックリしてその人形を奪うように手に取った。
左足が折れていた。
「やだよ!この子は!不吉じゃないか!兵隊さんを前に!まるで誰かが足を撃たれたようではないか!」
「さっき転んだから、、折れただけだよ」
『坊や。良い良い。ひとつ私に見せてくれんか?』
イブレートはその母親から人形を預かると、折れた左足に手を当てた。
折れた拍子にささくれ立った木の角。イブレートの人差し指を突いた。
ポタと垂れた血が、人形の左膝を染めた。
『痛たたたっ』
「あ、大丈夫でありますか?!」
兵がその指先を見て言った。
『ハハッ!大丈夫だ。バルウやオロクのことを思ってみい』
「そうではありますが、、、」
『こんな風になっていなければ良いのだが』
イブレートは血に染まった指先を舐めるとその家族に聞いた。
『そうだそうだ、お前ら家族は何という名だ?』
「はい!申し遅れましたッ! ニルスと言います!!」
3人家族はまたキョーツケッをした。
※前話「マウリッツ攻防記・6」に挿絵を掲載。
過去の挿絵を少しいじってみました。




