157~マウリッツ攻防記・4
『戻る!!』
イブレートは逃げ出した自分に苛立ち始めた。
『俺はマウリッツの民もお前たち兵も守れずに逃げ出すなど、やはり納得がいかんっ!戻るっ!城に戻るっ!』
「イブレート様!バルウ殿とのお約束をお忘れですか? その血を絶やさない。 そのために引き下がったのであります。ここはバルウ殿を信じてしばし落ち着きを」
そう言ったこの兵士。名はオロク。
そう、その子孫はその後隠修士となった同じ名、オロクの先祖である。
『平和に安堵し過ぎたのだ。民にも自由にやらせ、お前ら兵にも緊張の糸を緩めさせていたのだ。すべて俺の責任においての事だ。俺が逃げてどうするのだ?』
「いえいえ、イブレート様。わたくし達こそであります。兵隊という身分を頂きながらその鍛錬を怠り、のほほんと暮らしておりました。平和にかまけていたのはわたくし達でございます。その責任はお一人だけの責任ではございません。それに、すべてはイブレート様に見守って頂いたからこその事。行商の行き交いもその取引。刑罰さえも最小限に留めて頂いた。畑は自由に作らせて頂き、狩りの獣もそのものと暮らす為、数を頭に留めなさった。安堵の街を拵えたのはイブレート様のおかげ。誰も恨みはしません。皆あなた様が逃げようが恨むなぞどこにありましょうか? これは突然の災いでありますっ」
『オロク。そうは言ってもだ、、、』
「でしたらこのわたくしが見て参りましょう。この昼時に戻り夕まで城の近くで見張ります」
『出くわしたら?』
「わかりません」
『城の外からたった一人で応戦をか?』
「時と次第によっては」
『ならん!』
「わかりました。では様子を窺って来るだけと言うことでいかがでしょう?」
『、、、』
「イブレート様は侯爵という身でありながら、言ってみればマウリッツの国王のようなお方。お守りするのはわたくし達兵の役目。ここはひとつ、わたくしにお任せ下さい。様子を窺って来るだけですので」
少し小高い丘にまで登っていたイブレートと10人の兵。
遥か先になったマウリッツの城を眺めた。
と、真昼の城。
そこに海岸線を跨ぐように、沖合からの波と一緒に深い霧が流れ込んでいくのが見えた。
ゆっくりと真綿で包み覆うように、その町の色さえも徐々に深い灰色に変えていった。
「イブレート様。これはひょっとすると我々の考えていた夜襲にはならないかもしれません。奴らは海賊と聞いております。この絶好の期を逃すはずがありません」
『あ~!バルウが!!』
イブレートが叫んだ。
オロクはその声に振り向きもせず、丘を一目散に下るとその霧の闇に消えて行った。
『おい!待てっ!オロクっ!戻れ!』
(霧だ。これなら見つからずに近づける。俺にとっても絶好だ)
※前話156~「マウリッツ攻防記・バルウの最期」
挿絵を差し替えました。
シャンデリアの上から等というアングルをとるからこんな事になってしまう、、、そんな絵になってしまいました、、、




