156~マウリッツ攻防記・3 『バルウの最期』
ウイリアム・ヨーセス。
食物や調理に詳しい、昔からこの地に定住していた若者であった。
家は、兼業の農家。農作物を作ってはこの街に店を出し、民に食糧を供給していた。
その一家の長男だった彼はその調理の知識から、城で奉公するよう呼ばれた男であった。
男はこの城で腕を奮い、多くのレシピはその後の時代にも残された。
そのうちの2つは鮭とレーズンのパイ。ニシンの塩漬けビスコットサンド。
イブレートのお気に入りの料理でもあった。
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バルウの為、その一食をチャチャと仕上げると、身支度もそのままバルウからの手土産のイッカクの薬を貰い慌てて城を出て行った。
しかしである。
この男。ウイリアム・ヨーセス。
城の玄関扉。更には城壁の門扉。
全て開けっ放って出て行った。
出された料理を最後の晩餐さながらに食べ始めたバルウ。
そのことには一向に気づかなかった。
「まだ来はしない。夜襲だ。俺でもそうするさ。寝静まった時が一番の絶好の機会であるのは間違いない。真昼間にあの城壁を至難して登れば、そ奴らの身がバレてしまうであろう。わかっていても昼間にはしないさ」
バルウは舌鼓を打って焼いたニシンを頬張ると、プールポワンの胸の辺りに零れた食べカスをパパッと払った。
「汚してはならんな。イブレート様の大事なお召し物だ」
食べ終わると律儀に厨房にその皿を持っていったバルウ。
広間に戻った彼は、武器の2本の槍と弓矢をテーブルの上に置いた。
夜の奇襲に備え、その下の椅子を4つ並べると少し横になった。
天井に見えたのは大きな3つのシャンデリア。
「奴らが入って来たら、まずはあのシャンデリアに矢を放つ。崩れ落ちるガラスの欠片にきっと慌てふためくに違いない。暗闇になにが起きたのかと」
バルウは頭の中でその情景を描いた。
「それよりもまずだ、この城の高い城壁。そこを奴らが切り崩せるかだ」
とその時であった。
我が身の視線とシャンデリアの間を塞ぐ大きな影。
グサッ グィ~!
目の前を塞いだのは2本角の兜。バルウと変わらぬ大男であった。
プールポワンのみのその身体。
刺さった。
何がどこに刺さったのか、矢なのか槍なのか。
バルウの目に映っていたシャンデリアが、鉄の柄に変わったと思えば、それが真っ赤に吹き上がる噴水に変わった。
刃は背中にまでも達し、椅子の座面で止まった。
椅子の上のバルウ。
両手と両足が開かれ、そこから垂れ下がった。
(どこから入って来たのだ、、、)
薄れていく意識。
鼻の奥にほんのりとすり抜けた焼き魚の残り香。
それを最後に、バルウは目を閉じた。




