154~【第4章・マウリッツ攻防記】・1
「イブレート侯爵様! イブレート様ぁ!」
バルウはイブレート侯爵の部屋のドアを拳を叩いてノックした。
マウリッツ城、最後の日である。
彼の部屋は侯爵の廊下を挟んでの向かい。いつ何時の為の向かい部屋。
バルウはイブレートの砦。敵の来襲は元より、その体においてもだ。
調合されたイッカクの角の粉薬は常備され、すぐにその喉元に注ぐことができた。
しかし今回ばかりは違った。城壁の外から城の扉を開けると、螺旋の階段を一目散に駆け上がって来た。
『なんだ?どうした?今開ける。待っておれ』
「お早くにお願いします!お早くに!」
すぐにパタと扉が開いた。
『なにを慌てておる?』
「大変なことが! この先の北。我がマウリッツの民達がどこぞの盗賊に襲われ滅多打ちに!」
『は?ここにか? エスキモー達の裏切りか?!』
「いえいえ、エスキモーの者達も殺されておるようでございます! どこの者かはわかりません!」
『うちの兵は?』
「今10人足らずしかおりません。皆、ここを行き交う行商人の守りについて行きまして、てんでバラバラ」
『そいつらは近くまで来ておるのか?』
「はい、襲った先からすると寸先ではないかと」
『くっそ~。この平和な町をどうしようというのだ』
「わたくしに良い考えがございます。失礼ながらこの部屋にあるイブレート様の上着。それから装飾品や靴。お借り出来ないでしょうか?』
『どうしようと言うのだ?』
「お逃げください。この残っている10の兵と共に。念のため兜と鎖帷子をご用意してあります」
『おいおいバルウ。このマウリッツはわしの城だ。当然ながらこの町もだ。わしが逃げてどうするんだ?』
「わたくしが残ります」
『一人でか?』
「はい」
『わしにそんな事ができると思うか? お前の命を引き換えにわしが逃げるなぞ』
「では、逃げるとは申しません。イブレート様の血を絶やさぬようにとの配慮とお考えください」
『んん~』
イブレートは腕組みを首を捻った。
「とにかく考えている時間などないのでございます! 大丈夫であります! わたくしは白熊も恐れるバルウでありますよ! 盗賊共をチャチャと片付けて、すぐにお迎えに上がりますゆえ」
『本当であろうな。お前に限って殺られることなどないであろうとは思うが』
「イブレート様。わたくしはあなた様の腹心でございましょう? その者を信じていただくことこそがあなた様のお役目だと思っております」
『物は言いようだな』
「それでは今すぐに!兵が待っております!」
『わかった。お前を信じておる』
「では、このお召し物をお借りいたします」
バルウはイブレートの部屋にかかっていた上着を手に取った。
重い糸で編まれた艶やかで美しいプールポワンだった。
バルウはイブレートを兵に預けると2本の槍を持たせた。
「大丈夫かと思いますが、念のため」
侯爵はコクリと頷いて、目に涙を溜めた。
冷たい風に目からほんのりと湯気が湧いた。
自分の部屋に戻ったバルウ。
着ていた騎士の鎧や兜を脱ぎ捨てると、イブレートのプールポワンに袖を通した。
ガラスに映った自分の姿。
どう見ても貴族然。
バルウは螺旋階段を駆け下りると、颯爽と大広間に向かった。
ゲルーダやテオドール、それにラーシュ達が見たこの部屋。
床に転がっていた兜や鎧は、この時脱ぎ散らかした物であった。
※第126話~「バルウ家に伝わる話」に挿絵を掲載しました。
宜しかったら是非ご覧ください。
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