152~ラーシュ物語・10「暗闇の球の中」
マルクとオードから逃げ延びたラーシュ。
荒れ狂う波に満天の星空と月明かり。
大空をも掃き散らした暴風は、海底から海水を掬い出すと、飛沫を上げてうねりを巻いた。
月に照らされた泡の群れは金色の紙吹雪となってラーシュの小船に降り注いだ。
すぐのことだった。
大雲が瞬く間に月を覆うと、金の波の上を銀の波が走り出した。
雲はその海の色を徐々に変えていった。
ピタと風が止まった。
荒れたままだった海もその風を追うように、銀の絨毯へと変わって行った。
ラーシュは小船の舳先に掴ると、小さくなった波の狭間を何度も覗き込んだ。しかし父親らしき姿は見えなかった。
全ての空に蓋をした雲。
黒くなった海は闇と化し、空と海の境は閉じられた。
ラーシュは真っ暗な球の中に浮いているような錯覚を起こすと、酔ってしまったのかそこで吐瀉した。
両手を小船の縁に座り込むと、頭の後ろに腕を組み、そのまま船床に横になった。
(よくひっくり返らなかったもんだ)
それは自分のことではなく、小船のこと。
ラーシュは助かった自分の身を按じた。
船には漁のための三つ又の銛。槍が一つ。銀と真鍮であしらった伝来のバケツ。
畑を耕す鍬が三つ。鋸に鑢。もちろんオールもあった。
小船はラーシュ親子の物置代わりとしても使われ、処々の道具はこの船の中にあった。
(この重みが効いたのか。高波にも持ちこたえたな)
ラーシュは再び現れた丸い月を横になったまま見上げた。
(探しようがない)
船は沖へ沖へと流された。
半島沿いに東へ北へと流された。
ただ闇に浮いているだけの錯覚はラーシュには止まっているかのように思えた。
冷え切った体は、疲れ切ったラーシュに追い討ちを掛けた。
横になったまま、うたた寝と瞬きを繰り返すとそのまま眠りについた。
目が覚めたのは、薄っすらと日が昇り始めた時だった。
夜が短いこの辺り。あっという間の日の光であった。
ラーシュは船床に両手を着くと、ゆっくりと腰を起こした。
暗闇だった空が、青にその色を変えると、ラーシュの目にその丘が映し出された。
「あれ?どこだ?は?」
ラーシュは右へ左へ後ろへと、首をグルグル見渡した。
自分がいた村とは明らかに違った。
芝一面の濛々たる丘の山。高さはラーシュの住んでいたものよりも数段に高い。
フィヨルドの地形は流されるごとに後ろの景色を隠していく。
ラーシュはここがいったいどこなのか、全く持ってわからなくなっていた。
見えた山々。
なだらかな浜辺。
ラーシュはオールを2本取り出すと、その波打ち際へとオールを漕いだ。
※前話。「151~お前らの手落ちだ」に挿絵を掲載致しました。
宜しかったらご覧くださいませ。
いつも後載せでごめんなさい。
お読み頂き誠にありがとうございます。




