151~お前らの手落ちだ
「マルク!オード! ではお前らはラーシュを逃がしたと言うのかい?!」
「爺様。逃がしたというわけじゃない。銛で突けなかったというだけ。なッオード」
「そうであります。あんな暴風雨の高波であります。あの小さな小船ではすぐに転覆してしまいますよ」
「それに、俺たちはしばらく波打ちの際で様子を窺っておりましたが、ラーシュの乗った小船はもう見えなくなりましたし、浜辺にも戻って来はしませんでした」
「そう翌朝もなッ」
「見に行った」
「打ち上げられた形跡はなかった」
「親父は?」
「はい、ラーシュの親父は寝たきり。家から風に飛ばされるようにゴロゴロと転がり出すと、そのまま海にドボンと」
「ん~、お前ら。結局はあれかい? 2人が亡くなった所を見ていない。そう言うことだな?」
「ま、それはそうですけど、、、あの波ではとてもとても、、、」
「海の底です。あの親父なら尚更です」
「知っておるか? ラーシュの親父。なぜ寝たきりになったか?」
「ん? いいえ。バルウの爺様は知っておいでに?」
「ああ、もちろんだとも。あの親父も若い頃はラーシュ同様に血気盛んな勇ましい男じゃった。しかしな、いつの世も同じだ。お前らのような者達が現れた。畑で芋を掘っておったらな。いきなりじゃったらしい。後ろからな、こう」
そう言うと爺様は部屋に立て掛けてあった。物干し竿を取り出し、ザクと床を突いた。
「両腿の後ろを2人掛かりで」
「えっ!刺した? で?」
「強い!親父は自分でその2つの銛を腿から引き抜くと、両手に持って2人の肋の真ん中をグサリだ」
「あの寝たきりの体からは想像できないが」
「逞しい男じゃった。あ、いやいやまだ亡くなったというわけではないな。ま、息子のラーシュ以上に勇ましい男だ」
「凄いな、、、」
「しかしな、足の腱を深くえぐり取られていてな。その銛を2人に突き刺したと同時に、ラーシュの親父も畑に倒れたのじゃ。3人の血は波打ち際まで流れ、しばらくは大漁の魚が跳ねていたそうじゃ」
「そんなことが、、、」
「銛で襲った2人は息を絶え、ラーシュの親父は歩くどころか立つことさえもできんようになったというわけじゃ。皆はまたラーシュ家を讃え始めた。しかしそれからは、まだ小さかった息子のラーシュが父の代わりとなって畑や家事仕事をしたのじゃ」
「俺たちはラーシュと歳が近いが、そんな話は見た事も聞いた事もない」
「親たちが隠したんであろう?子供には聞かせられない話だ」
「で奴の母親は?」
「見たことがない」
「ラーシュを産んですぐになくなっておる」
「病気?」
「見晴らし台が崩れるように倒れてきたそうじゃ」
「あの頑丈な?」
「な、それもおかしいことなのじゃ。その昔きっとお前らのような奴がいたんではないか?」
「いつの世だって、ラーシュ家に食ってかかる奴はいるさっ」
「つまりはだ。ラーシュ親子は屈強だ。肉体も心もだ。高波にのまれたとはいえ死んだとは言い切れん」
「、、、」
「その小船にオールや槍でも乗ったままなら尚更。しかもあの夜。夜半前には風はピタリとおさまったろ?」
「なぜ知っている?」
「だからわしには魔術使いの女が付いておる」
「そいつがそう言ったのかい?」
「確かにパタと止んだ」
「お前らの手落ちだ」
※149話~「波上の喧嘩」に挿絵を掲載致しました。
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