1501〜大終演
ジャラジャラチリンッ
ヘルゲ男爵は山高帽でヨーセスの店。
天井から吊るされた数々の装飾の類いを、頭でズルリズルリと当てながら出て行った。
「ペトラぁ〜!腹が減ったぁ!何か食べる物はあるか〜ッ!お〜いッ!」
「あら、今お帰りで。まだ体調麗しくないと仰せに長いお散歩でありましたわね」
「まあな。長い散歩ゆえ、腹が減ったというわけじゃ」
「どこかで何か良きものでも見つかりましたか?ご無事でなによりでございました」
「車輪の跡くらいだわな」
「車輪?」
「そんなことはどうでも良いのだ。何か見繕ってくれ。骨と皮がくっつくでの」
「それを申されるのなら、お腹と背中ですわ」
「手と足ではいかんか?」
「はいはい、では少々お待ちくださいませ。今お食事のご用意をして参りますわ。あ、それとまたカモメが屋根に糞を撒き散らしておりますが」
「ああ〜面倒だわいッ。そのうちに始末をする。しかし食事の前に糞の話はやめておくれ」
「あ、これはこれは失礼を致しました。では少々のお時間を」
そう言ってメイドのペトラ。ソソと厨房に向かった。
「やれやれだわい。ドロテアの奴、戻って来たら問いただしてやるわい」
ヘルゲは蒸れた山高帽を脱ぐと、テーブルの上にポイと置いた。
カラン コロン ポト
「おや?」
それは紫色に光る指輪。
「なんぞこれは?」
手に取るヘルゲ。
「こ、こ、これはッ。エドワード懺悔王の指輪ッ!サファイヤではないかッ!わしは知っておるぞッ!夢で見た物と同じじゃッ!なぜ帽子に?まさかヨーセスの店でジャラリジャラリと引っかけたか?」
ヘルゲはすかさず上着のポケットに捩じ込んだ。
「おいッペトラぁ〜」
「お待ちください〜!今お魚を焼いて、、、」
「良いぞ良いぞ、焼かんてよい」
「そう言われましても、すでに片側を焼いて、、、」
「良いのじゃ良いのじゃ。それよりも、外に食べに行こうではないか」
「え?私とですか?」
「何を言うておる。ここにはわしとそなたしかおらんではないか」
「しかしぃ、このお魚」
「わしが、おごってやる。好きなものをたらふく食え。お前も腹が空いておるじゃろ?ま、お前のお腹では背中とくっつくことは無いと思うがな」
「失礼なこと」
「失礼な分、おかわりを許可す」
「2人して出かけたら、ドロテア様に叱られてしまいますことよ」
「なぁ〜に、ドロテアはドロテアでよろしくやっておるのじゃ。気にせんてよいぞ」
「よろしく?」
「ああ、婆さんと食事に行ったくらいで責められぬよろしくじゃ」
「おっしゃられている事がわかりませんが、、、」
「お、丁度いい。ほれ見てみろ。魚が焦げつきおった。それでは食べられぬ。さッ、今日は豪勢に参るぞッ」
「どうした風の吹き回しで」
「さ、着替えろ着替えろ。ドロテアの部屋から何か拝借して来い。まだまだ帰って来ぬであろうからな」
港から続く大通りの沿い。
古くから続くレストラン。まだ準備中のその扉をヘルゲは開けた。
「まだやってないのかい?」
厨房奥から現れた店主。
「おや?これはお珍しい」
「お前の息子ヨーセスの店には度々寄るがな、ここは入ったが最後。金を取る。食事をせぬわけにはいかぬからな」
「ドロテア様のお料理が美味しいのでありましょう?確かにわざわざお金など払ってはおられない。承知しております。で、今日は何の用事でありましょう?」
「その食事をしに来たのだ」
「いやいや、更にのお珍しい」
「ドロテアもここ数日おらんのでな」
「ペトラ婆さんをお連れして」
「ああ、こ奴にも世話になっておるのでな。たまにはだ」
「承知致しました。未だ準備をしておりますが、そうとあっては急ぎ支度をいたします。あ、お席は窓際でよろしいでしょうか?さ、あちらへ。しばらくのお待ちを」
ヘルゲとペトラは窓際の大きなナナカマドのテーブル。腰掛けた。
ほんにしばらくであった。
玉ねぎをあしらった前菜とほうれん草スープがそこに置かれると、何やら窓の外が騒がしい。
瞬く間にトロムソの人々がゾロゾロ。
「なんだ?なんだ?何事だ?男爵のわしの知らぬことなぞこの町にはないぞ?」
人々の声は高潮の渦。
見る間に横切ったのは黒馬に乗った美しい髪の女。
「あ!わしゃ知っておるぞッ!ありゃあアデリーヌという女じゃ!」
聞いたペトラはスープを口からぶち撒けた。
「どうなすったのですかヘルゲ様っ」
「食事は中止じゃッ」
「えっ?」
「この分はお前が払って置いてくれッ!わしは先を急ぐッ」
「は?」
「トナカイ肉も焼いておるじゃろから、その分もじゃ。わしはな。わしはあのアデリーヌという女を助けてあげねばならぬのじゃッ」
ヘルゲ男爵は店の扉を開けると、群衆の中を右へ左へ縫うように、急ぎ館に向かった。
ノルウェーの北東。バルデ。
すぐそこは北極圏だ。ナナカマドと呼ばれるバラ科の落葉高木。赤く染まる紅葉や果実が美しい。
生えているのはこの木2本だけ。1本はここに落ちた稲妻に、根元から二つに割れていた。
それはこの高い城壁に囲まれた古い城の庭。小さな畑と井戸。
銀に変わる冬場には、雪と氷に覆われる極寒の地。
目の前には凍りつく北風のバレンツ海。無数のウミガラスと白カモメ。
浜辺は舞い降りた彼らに黒と白に覆われる。
城はかつての城主イブレートが手放してかれこれ200年。
出て行った理由は定かではないが、この北海3国の王フレデリク4世はここを地獄の控えの間と呼んでいる。
そう、13人の男たちと7人の子。
彼らはドロテアの手により、未だマウリッツ城に閉じ込められたままである。
極北からの冷気は、この城の小窓が開かぬよう凍らせていた。
完
※4年と1ヶ月に渡る長編となりました。
本日1501話を持って完結となりました。
拙い文章でありましたのに、長い間のお付き合いをありがとうございます。
皆様には感謝しかございません。
本当にありがとうございました。
追って活動報告にて、お礼を申したいと思っております。
ありがとう!




