15~幌馬車の爪切り
※少しご注意してお読みください。「汚れ」の場面があります。
「お爪を切りましょう」
フィヨルドの地を北へ向かう幌付きの馬車。
丁度この頃、大西洋の向こう岸。北アメリカで開発されたそれは、男爵夫人の手に寄っていち早くここにあった。
木で出来た4本の車輪は、周りを鉄で打ちつけた物。艶のある黒塗りの胴体はこの北の地域では異彩を放った。ドロテアのお気に入りだ。
それを曳くのは栗毛1頭と白馬が2頭。農耕馬だ。
薪割りの、これもドロテアお気に入りの5人。3人は馬に跨り、2人はドロテアの両脇、馬車の中で寛いでいた。
『ヨーセス。気がきくな』
狼革の強度のある先の尖った靴。これも彼女のステイタスの一つ。
茶の色の厚底のそれを脱ぐと、両足を椅子の上に乗せ横になった。
「だいぶお伸びになっているようですね」
ヨーセスはその蒸れたドロテアの右足を、自分の腿の上に乗せた。
切れの良い握りハサミはギシギシと爪を切り出した。
「おい、ヴィーゴ。ドロテアさまを抑えていておくれ。馬車の揺れで上手く、、」
『痛ッ!』
ドロテアはヴィーゴの背中に抱きついた。
「え、ドロテアさま。今はハサミを入れてませんが、、」
『お、お、そうかい。なにか痛いような気がしたが?』
ドロテアはヴィーゴという青年に抱きついたままそう言った。
それを聞かぬ振りをしたヨーセスは、足の指を一本ずつ自分の口に含み、前歯で削り取るように爪の形を整えた。
ドロテアは馬車の揺れとその恍惚とともにいつの間にか眠りに入った。
「あいつら、ドロテアさまの言いつけ通り上手くやってくれたかなあ?」
ヴィーゴはヨーセスに話しかけた。
「ヘルゲの小屋の魔女のことかい?」
「ああ、キルケとイワン」
「見つかってもバレぬように黒覆面で覆って行けと言ったが、、」
「あいつら、覆面を脱ぎ忘れてヘルゲ殿におはようございま~す!とか抜かしてはいないだろうな?」
「ハハハッ!それは笑えるな!」
「そんなヘマはせんか!?」
「したとしても、ヘルゲ殿ではすんなり事が運びそうだ。ハハハッ」
「確かになッ」
「ところでドロテアさまはその女をどうする気なんだろう?」
「おい、ヴィーゴ。もっと静かに話せ。起きちまう。お前の膝枕だろ」
「寝息が聞こえる。ぐっすりだ」
それを聞くとヨーセスは馬車の外へペッペッと唾を吐いた。
(口の中が、、)
月明かりに照らされた幌馬車は、うねうねと曲がるフィヨルドの砂利道を北のバルデへと向かった。
ガタゴト ガタゴト




