149~ラーシュ物語・9「波上の喧嘩」
『古い縄しかないが、これで良し!と』
ラーシュは小船の先端に縄を括りつけると、迫り来る波を避け、浜辺に打ち付けられた丸太の杭に、それをガシと結び付けた。
波しぶきで濡れた二の腕の白泡が、張り詰めた肉の塊りに風と共に空に舞い上がった。
風を避けながら背中を折り、家に戻ろうとした時だった。
布に包まれた大きな塊がゴロンゴロンとラーシュの足にぶつかった。
砂煙が舞った。
『おっと!』
前のめりになったラーシュ。その布を踏みつけた。
抑えつけられた布からミノムシのように出て来たのは人だった。
『ん?あ、こりゃあうちの布団だ!親父だ!親父だ!』
その瞬間怒号の波が浜辺に打ち寄せると、ラーシュの膝の上までを海水が覆った。
波に浮いた父は瞬く間に浜辺に戻されたかと思うと、今度は一気に引き潮に沖へ流された。
「わぁ~!助けてくれ~!」
ラーシュは引く波を蹴り上げながら追いかけたが、波の早さはその十数倍。
あっという間に父の姿は荒れる海に見えなくなった。
『おーい!!親父~! どこだぁ~!』
風はその声を陸に追いやり、波はその声を水中に沈ませた。
目の前にはただ一面、大海が広がっているだけだった。
『なぜ?親父が?外に?』
しばらく果ての無い海を見つめていたラーシュ。
もしや幻か人違いかと家に戻ろうとした時であった。
薄暗かりに見えたのは家を取り囲む人だかり。
『どうしたんだ? 家が壊れているようだが、、、 誰か助けに来てくれたのか?』
「あっ!ラーシュだ!ラーシュだ!戻って来たぞ~!」
「捕まえろ~!」
「殺しちまえ~!」
『うあ~! なんだなんだ!こっちに向かって来るぅ!』
すぐに目の前に現れた足の速い若者が、ラーシュに蹴りを食らわそうと片足を頭上に上げた。
一本足になった男は、風の勢いに負けフラフラとその場にバタと倒れた。
『なんだ、なんだ?お前らぁ!やろうってのかい?!』
次から次へと現れた男たち。
ラーシュは後退りしながらも、彼らに拳骨や膝蹴りを食らわせた。
その男たちの後ろに槍を片手に頭上に構える男が2人いた。
『お前らは!マルクにオード!』
後ろに下がっていたラーシュの足元は膝下まで波の中だった。
彼らもまた同じ。
2人が立つ脇の隙間から、縛り付けたはずの小船が流されて来るのがラーシュの目に映った。
『来た来た!来た来たぁ~!』
「なんだ怯えたか?ラーシュ」
『お前らのことじゃないよ。あと少しだよ』
「? ?」
それは引き潮の勢いに乗った小船。
背中越しに2人を引き裂くように、オードの左腿とマルクの右腿に体当たりをかました。
ド~ン ドン!
「わあ~!」
オードは前のめりに、マルクは背中から海面に崩れた。
2人の間を縫ってラーシュの目の前に現れた小船。
次の追っ手を振り払うように、それに飛び乗ると、ラーシュもまた沖に流されていった。
※前話「148~吹いた風・芝土の家」に挿絵を掲載しました。
暴風のラーシュ親子の家です。




