141~ラーシュ物語5・「助産婦と村の風習」
※センシティブな描写が入ります。
申し訳ございませんが、心してお読みくださいませ。
「ほれ!」
ホギャ~ッ オッギャ~ッ
「産まれましたぞよ」
『おー! 婆さん!ありがとよ! 産まれた!生まれた!俺の子だッ! 男の子かい?女の子かい?』
「まあまあ、そう慌てるな。先にやることがあるでの。命が先だ」
『婆さん。これでいいかい?』
「どれ?」
助産婦としてハッセに連れて来られた鉤鼻で腰の曲がった婆さん。それに手伝いに参ったか、たくましくも美しい目をした若かりし女。
2人は共に目玉だけを。覆った覆面の布生地から覗かせていた。婆さんの鼻の形はその上からでも分かるほど下に突き出たものだった。
彼女はラーシュが持って来たその盥の湯に人差し指を浸けた。
「おうおう、丁度良い人肌じゃ。ここにこの子を浸して体を洗い流す。そこに置いてくれ」
『婆さん。やり辛くはないかい? その顔を覆っているものを取ったらどうだい?』
「お前。ちょっと黙っててくれないかい。唾が入る」
『いいじゃないか。唾くらい』
「だめだめ!だからワシも口を覆っているのだ」
婆さんはゆっくりと赤子をぬるま湯につけると脇の下や股間についた血を指で拭った。
見る間に湯は赤く染め上がり盥の底に沈んでいった。
「男の子だ。ほれ」
赤子の産声が家中に鳴り響いた。
「付いている」
『お~!お~!やった!やった!男の子ッ!』
その言葉に、額から汗を流し、横になったままのアデリーヌが、薄目を開けて笑った。
婆さんは一通りその柔らかいピンクの肌を摩ると、人肌の盥から赤子を取り出した。
『湯を代えようか? 綺麗なものをまた持って来る』
「おいおい、待て待て。捨てるんじゃないよ」
『ん?どうすんの?』
「お前がそれをゴクリと飲み干すんじゃ。当たり前ではないか!」
『は?飲む? 当たり前? 飲むって、、、この赤く滲んだ湯を?』
「そうだっ。ここいらの土地の風習じゃ。生まれた赤子に付いた鮮血の湯はその父となる者が飲み干す。この一年余を耐え続けた妻と赤子に感謝の意をだ」
婆さんは胸元で十字を切った。
『だから婆さんは口元を覆っているという理由かい?』
「よそ者の唾を溶け込ますわけにはいかんからな。早よ飲め。飲んだら新しい湯を持ってまいれ」
『、、、』
「お前はここに住みつく気であろう? だったらここの風習に従うのだ」
『わかったよ』
ラーシュは盥を両手に抱え込むと、赤い水をゴクリゴクリと飲み干した。
ゲップッ
「ばかもん!堪えろ!気を出すんじゃない!」
ゲプッ『無理だって』ゲップ『それに、「気」ってなんだよ?』
ラーシュの目に映った婆さんの目尻は、少し垂れて下がった。
ニコと笑っていたようであった。
「ほれほれ。次の湯を」
ゲップ。『また飲むのかい?』
「初物だけじゃ。次の湯は庭にでも流しておけ」
『庭はダメだ! 血の臭いを嗅いだ獣が寄りつく』
「あ、ここは漁村ではなかったな」
『なんだい。婆さんは漁民かい? ま、外で待っているハッセが連れて来たんだもんな。山のことはウトいよな』
(口が滑ったわい)
夕方まで庭で待ちながら見届けたハッセとハラル。
翌日、真っ白な子羊を一頭連れてやってきた。
「ラーシュ!アデリーヌ! ほれ、祝いだ! 乳の足りない時にはこれで!」
祝いの子羊であった。
※前話・第140話「ラーシュ物語4・アデリーヌ」に挿絵掲載。
絵についてはその140話の後書きに記してございます。




