140~ラーシュ物語4・「アデリーヌ」
『お前。どこから来た?』
「どこからでもよろしいでしょ?」
『まあな。関係ないってか?』
「ラーシュ殿は昔からここに?」
『そんなわけがないだろ。あっちから来たんだ』
「あら、子供みたいな答えね」
『どこからでもいいだろ?』
「ラーシュ殿が聞いたのよ。どこから?って」
『ああ、まあな。俺は雇い主だ。お前の遡上を知っておくのは当然』
「雇い主? 雇い主っていうのはお金を払う人のことよ。遡上は鮭のこと」
『痛いとこ突くんじゃないよ。しかも鮭って、、鮭の川上りのことかい?ハハッ』
「なら知らない同士でよろしいんじゃない? 私は今ここにいる。あなたもここにいる。それだけよ」
『しかし、ここには芋しかないぞ。あとは時々現れるシカを銛で撃つ。魚は時々ハッセが手土産に持って来るのさ。朝一番の水揚げの奴をさ』
「どうやってお食べに?」
『家の裏に俺が造った窯があるのさ。その上でジュウッと焼くのさ』
「意外と贅沢ですわね?」
『贅沢?』
「私の家なんか、芋と葉っぱのような野菜だけ。魚やお肉など滅多に」
『白い肌はそれでかい?』
「そうでしょうか?」
『けどそんな田舎暮らしを? 草や芋だけってことは漁村ではないのだなぁ。なんであいつらが連れて来たんだろう?』
「そんなことはどうでもいいんでしょ? 探り合いはやめましょう。私はただのお手伝いの召使い。魚と肉を焼きましょう。お芋をホカホカ蒸かしましょう。お庭の草を毟りましょう」
『しかしなぁ。お前みたいな美しい娘がなぜこんな所に?こんな金にもならんような手伝いに? お前のその面と器量ならもっと良い仕事があるであろうになぁ』
ラーシュはテーブルの上で頬杖をつきながら上目遣いに娘の顔を見た。
「ダメです!美しいとか!、、、そんな目で見ないでください! 私はお手伝いに来ただけでありますので」
『あ、そうだ。名前を聞いていなかった。名は?』
「アデリーヌ」
『俺は、、』
「ちゃんと聞いてから来たのですよ。わかってますよ。ラーシュ殿」
『あ、殿はいらない。ただの農夫だ。それにお前の雇い主でもないからな』
『それとさ、家が狭くて寝床が一つなんだがぁ、、』
「それが?」
『それが?じゃないよ。お前用にもう一つ作りたいのだが今はまだ春先。ようやく雪が溶け出したばかり。ベッドを作る材料が手に入らない。 元々あった小屋の木々は全部この家の修理に使っちまって、、、まさかこんなことになるとは思わなかったからな』
「暖炉はお有りでしょ。ならば床でかまいませんわ。枯葉と枯れ草を敷きましょう」
『お前。強いな』
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それから半年も過ぎたであろうか、緑の空気を運んだ夏の風も南に下った。
朝方の丘は日を追うごとに冷え、みるみるうちに黄土の丘へとその色を変えていった。
その日の朝、アデリーヌは手慣れた様子でラーシュの下着を物干しに掛けていた。
ラーシュはまだ覚めやらぬ夢の中。大鼾が家の外まで聞こえていた。
「お~い!アデリーヌ! 今日は大漁であったのでな。ニシンをたわわに持って参ったぞよ~!」
少し厚着になったハッセはいつもの如く丘の家に現れた。
「ハッセ殿。いつもありがとうございます」
「なんだ?いつもの明るいアデリーヌじゃないじゃないか?」
「ちょっと気分がすぐれなくて」
「ん?大丈夫か?」
「なんだか、お腹に子ができたようなのであります」
※文中挿絵はバルビゾン派の巨匠ミレーの油絵「種まく人」と「落穂拾い」を合わせて模写してみたものです。
ミレーの「落穂拾い」は、のどかな田園風景を描いた絵のようでありますが、実は農家が収穫した後の残った米の穂を召使や奴隷達が拾っている様子です。
一般農民は彼らの為に、収穫の10%を残して置く取り決めになっていたようです。
いつもお読みいただきありがとうございます。




