139~ラーシュ物語3・「連れて来た娘は美しい魚」
ラーシュの家は丘の上。
バレンツ海に面した漁村はさておき、この辺りは誰も管理はしていない。
領地としてはヘルゲ男爵のものだか、女にうつつを抜かす彼には全くの手放しの地だ。
こんな田舎に誰が住もうと住んでようとお構いなし。
行き届かない管理はそれを簡単自由にさせていた。
もうもうとした霧が海からの緩やかな風に乗って来た。
夜中に打ち寄せた波は、その暖流により、冷えた村々に暖かい空気を雪崩込ませる。
せり上がりながら丘を登る気体は徐々にその色を白に染め上げた。
朝日も通さぬ、前の見えない真っ白な朝。
ラーシュはその靄を割くように、大きく鍬を奮っていた。
彼の一人暮らしは不自由という概念を持たない。好きな時に土をいじり、好きな時に寝る。
腹が減れば食べればいいし、目を覚ましたければ半分凍った小川に顔をつければいい。
誰にも臆することはないし、夜も昼も関係なかった。
「なんだ、なんだ。起きていたのかい?」
靄る空気の中、畑仕事をしていたラーシュの目の前に突然現れたのはハッセとハラルだった。
『びっくりするじゃないか! まだ少し星も残っているというのに。 あれかい?夜中の漁で大きな魚でも獲れたのかい? 美味しいやつ。 あれ? 手ぶらかい? 』
「手ぶらではないよ。もっともっと美味しくて美しい魚だ」
『どこに?』
すると2人の背中に纏わりついた濃灰色の朝靄。
ハラルが頬を膨らめフーッと吹くと霧は上にと舞い上がった。
「ジャジャジャじゃ~ん! お手伝いさんのご登場で~す!!」
その朝靄の切れ目から現れたのは女。
蒸気に濡れ、光る栗毛の髪。
真っ白な肌の艶やかさがその髪にも映りこむ、少女とも大人ともとれぬ美しい顔立ち。
蒸発した霧の水粒が、その娘の睫毛から涙を流しているように滴り落ちた。
そこだけ靄が切り取られ、東から昇る太陽が、目の前から昇ってきたようであった。
「驚いたかい?」
『い、い、いいや別に』
「ハハッ!嘘をつくんじゃない!お前、鍬を逆さに持っておるぞ」
『違う!片付けようと思ったのだ。お前達は客人だからな。支度をと』
「まあ良い。この娘がここに来てくれるというお手伝いさんじゃ。ま、気に入らなければ連れて帰るだけだがッ」
『う~ん、ま、あれだ。せっかく来てもらったんだから寄ってけ。ハッセ爺』
「そうかい、そうかい。では遠慮なく」
『あ、ただ。この家は汚い。その娘にはぁ、、、』
「大丈夫だ。この娘の家もここと遜色ない。ま、ちぃ~とここの方が倒れそうだが。ハハッ」
『遜色ない? 漁村か農家の娘かい?』
「ああ、お前と同じ農を生業としておる民の娘じゃ。じゃから連れて来た。要領もわかっておるしな」
『こんな美しい女子が? 畑仕事を? 日に灼けないのかい?』
「じゃから美しいのだろう?」
『答えになってない』
「ラーシュ。ちょいと耳を貸せ」
ハッセはラーシュの耳元に口を近づけた。
「あのな、この娘は手伝いだ。いくら美しいといっても、手を出しちゃいかん。寝泊まりもきちんと分けてくれ。わかったなッ」
『ああ。当たり前だ』
「決して惚れるんじゃないぞ」
『惚れるわけがない!』
「では、決まりだな」
『え?』
「はぁ~?ここまでの話。自分からお雇いしたいと言ったようなもんじゃないか?」
『あ、ああ』




