137〜【第3章・ラーシュ物語】・ラーシュ物語1・「丘の上の若者」
なんという穏やかな日。
氷も雪も小川の冷たいせせらぎへと変わった。その水面に映る薄っすらとした黄緑の山々。
2人の男の頭上高く、コベニヒワという小鳥が時々その小川の水粒を吸い上げに舞い降りる。
頭を上げ喉を通すと、また天高く羽を広げた。
一人は大男。アグニア婆さんに雇われた海賊の首領ハラル。
もう一人はそのアグニアの亭主ハッセだ。
凍てつく銀世界は海賊達の船も凍らせた。
毎年の如くだった。冬の間に朽ちた船。その修繕の材料を探しに、彼らの漁村近くに連なる丘を登っていた。丘の上まで行けばツルツルの禿山だが、そこに行きつくまでには、積もった雪に倒された木。細かな枝。それらが溶けた雪氷の下から顔を出すのだ。
その道は2つあり、木々の残骸が絶えぬよう毎年交互に違う道を向かうのだが、この年は小枝足らずとも落ちていなかった。
辺りには3軒の農家。1軒ずつが遠く離れて点在していたが、1軒はとっくの昔に主が亡くなっていた。跡を継ぐ者がいなかったその家は、廃墟然としていた。
「ハッセ殿。なにかザックザックと音が聞こえませんか?」
「氷の解ける音ではないかいな?」
2人は右手を耳に、その音のする方に体を傾けた。
「見えませんか? あの木の向こう。ほれ」
ハラルは小柄なハッセの脇を掴むと、頭上に持ち上げた。
「あれ。人がいる」
「ねッ」
「しかし、ここはもうだいぶ前から空き家なはず。どうしたということか?」
「誰でありましょう?」
「わけがあるのだろうが、この家はもう屋根にも穴が空いていて今にも崩れそうだった」
「そういえば、横にあった小屋はもうありませんね。行ってみますか?」
「ああ」
ハッセとハラルはその家に向かい、丘を少しだけ下った。
「若者ですね。おいらのように逞しい」
「大汗をかいているようじゃ。体から湯気が立っておる。土を耕しておるようじゃが、、、ハラル、声をかけてみろ」
ハラルはハッセの先を行くと、その球のような肩の男に迫っていった。
「もうし!もうし! そこの若者や。そこでなにをしておる! ここは誰も住んでおらぬはず! いったいどうしたことだ?!」
若者は額の汗を拭いながら、ハラルの方を睨みつけた。
『なんだい?お前らこそぶっきら棒に』
「ここに住んでいるのか?と聞いているんだ!」
『そうだ』
「は? どこの者だ? どっから来た?」
若者はだんまりを決め込んだのか「あっち」と言って西を指差すとまた鍬で土を穿り返した。
「おい若者!態度がデカいのう?」
それを聞いた若者は鍬を持つ手を止め、ハラルの方に向き直った。
『お前は体がデカいのう。ハハッ』
「お前。名は何という?」
『ラ、ア、シュ』
若者は笑って答えた。
(んんん?ラーシュぅ?)
聞いたハッセは黒目を右に左に動かした。
(あのラーシュか?)
アグニア婆さん率いる海賊の首領【ハラル】




