131~壁は薬箱?
※本日、前話と2話投稿しております。
『テオドール、ゲルーダ。中に入って来てくれ。ここは俺の部屋とは違うようだ』
「その前にラーシュ。暖炉はあるかい?」
『あるよ。薪を持って来てくれ』
「ベッドは?」
『他の部屋よりかなり大きなベッドがある。3人は充分に横になれそうだ』
「薪はもう用意してある」
テオドールは男たちにそれを暖炉に放り込ませると、ランプの蝋の火をそこに翳した。
「この暖炉は炭ひとつ残ってないな。まるで使っていなかったかのようだ」
男たちはベッドに3人を寝かせた。
「ドロテアがいれば抱きついて温めてくれたであろうな。ハハッ」
ニルスが笑った。
「しかし、この部屋は?壁一面が引き出しのようになっている。一つ一つが小箱のように」
ゲルーダが言った。
「お前らの部屋もこんな風に?」
「いや、こんな造りの部屋はないよ。魔の気がする」
床の上に無造作に転がった鉄の兜に鎧。鎖帷子に鉄の靴。日が差していたのもその遮光性の強い黒いベルベッドのカーテンが開け放たれていたままだったからだ。
「俺たちの部屋にあるのは飾り然としたもの。見かけの鎧や兜だ。けどこの部屋の鎧や靴は傷だらけ。実際に使われていた物じゃないか? それにこの肖像画。良く見るとこれは毛で覆われてるんじゃなくて、毛皮を被っている老婆だ」
テオドールがそう言うと、ゲルーダが言った。
「エスキモーじゃないかい?」
「エスキモー? それは北の果ての部族のことかい?」
「ああ、私たちは近しい間柄。よく知っている連中だ」
「なんでそんな連中を?」
「マーゲロイの島に時折り訪れるのさ」
「けど誰が描いてここに掲げたんだろう? ここはマウリッツだぜ。こんなもの掛けとくなんて」
「テオドール。これ」
ニルスが壁に立て掛けてあった2本の長い槍のような物を手に取った。
「重いな。真っすぐ立てたら天井を突いちまうぜ」
「貸してみなっ」
『武器かい?』
テオドールの横、ラーシュとゲルーダが覗き込んだ。
「作った物ではないな。なにか獣の角?」
「これだけの真っすぐな角って?」
「伝説のユニコーン? 一角獣?」
「ちょっと見せて見な」
ゲルーダはその槍を手に取った。
「んん? イッカクの角じゃないか?」
「イッカク? だから白馬のユニコーンのことだろ?」
「いや、あまりにも北の果て。お前ら南の者は見た事がないよな。海の獣のイッカクだ。」
「え? 俺たちにはその海獣だって伝説の生き物だぞ。この海に本当にいるのか?この部屋にいた者がその角を武器に使ったということか?」
「もしかすると」
ゲルーダはパタパタと壁の前に進むと、その一面の引き出しを手当たり次第に引っ張り出した。
「おいおい!ゲルーダ!なんだこの臭いは臭い臭い!嗅いだことのない臭いだ!」
男たちは鼻を覆った。
ゲルーダはその一箱の中身を舐めた。
「やっぱり」
「ゴホッ!ゴホッ!なんか埃が舞っているようだが」
今度は皆、口を覆った。
「粉の薬だ!」
「薬ぃ~?」
「ああ、それぞれに色が違うのは調合の違いだろうな、、、」
「ここは薬の部屋ってことかい?」
「乱獲だ。金儲けの部屋だね」
ゲルーダは自分の言ったことに、フムフムと首を上下に頷いた。
※3メートルにも達する一本角を持つイッカクは、ヨーロッパ人にとってあまりに北の生物であった為、19世紀まで真に伝説の動物でありました。
(それ以前はエスキモーやイヌイットのみが知る存在であった)
500頭に1頭は2本角のものがいるといわれている。




