119~ペトラを身体検査せよ
『お~い!ペトラはいるかい! ペトラ~!ドロテアじゃ~!』
ドンドン!!
「はいはい、少しお待ちください。今開けます」
ヘルゲとドロテアは、農着を着たまま農夫と農婦を装うと、しらばっくれて我が家の館の前を通り過ぎた。一夜明け海賊は到に立ち去ったからなのだろうか、午後の日差しが何事もなかったかのように、そのオレンジの屋根を静かに照らしていた。
屋根には新しい鳥の糞が積もっていた。
しかし用心深いヘルゲとドロテア。庭の花壇を横切ると港町の住宅街に向かった。
商店街の床屋。その手前の路地を右手に入ると、一人暮らしのペトラが住む二階建ての集合住宅があった。
その角の二階にペトラのメイドエプロンが、ユラユラと風に靡いて干してあった。
ドロテアの声を聞いたペトラ。
「おやおや、お早いお帰りで」
慌てて薄いべニアの戸を開けた。
「ん?」
目の前にいた2人。
ペトラはその前で飛び跳ねると、頭が邪魔だとばかりに両手で2人を払い退けた。
「あれ?今確かドロテアの声が?」
キョロキョロと路地の右と左を見渡した。
『何をやっておる? ペトラ』
ドロテアがそう言うと、ヘルゲがペトラの首根っこを引っ張った。
「痛いてててて」
『私がドロテアで、こいつがヘルゲであろうがっ!』
ペトラはクルリと首を回しジロと2人の顔を見た。
「あっ! えっ! お2人ともどうなされたのですか?! その頭にその格好。ただの通りすがりの農民かと、、、」
『それで私らを、払い退けた。と。』
「だって、、、」
『お前はなにかい、私たちのいない所では、ドロテアと呼び捨てにしているようじゃな?』
「私、今そう言いました?」
『言った』
「気づきませんで」
『気づくとか気づかないの問題ではないな』
「失礼をば」
『ま、そんな事よりもだ。鍵を返してくれ。玄関の鍵だ。今な、館の前を通って来たんだが、もう海賊どもは帰ったようだ。盗まれた物は仕方ないが、家に入れんことにはどうしようもない。逃げた時、最後に出たのはお前。鍵。掛けてきただろ?』
「はて? わたくし閉めましたっけ?」
「ハハッ、バカを言うな。わしはこの目でシカと見たぞ。テーブルの上に置いてあった鍵。お前はそれを手にして最後に出た」
ヘルゲは言った。
「あ、思い出しましたわ。はいはい閉めました」
ペトラは着ていた服の至る所のポケットを叩いた。
「あれ?どうしましたっけ?」
『は?無いのか?』
そう言うとドロテアは、ペトラの身体検査をしろとばかりにヘルゲを指差した。
「え?わしが? こんな婆さんの?」
『女好きの本領発揮だ』
「わしには無理。若い女子ならいざ知らず」
『歳の問題ではない!鍵を見つけろと言っておるんだ!』
「お前がやればいいじゃないか?」
するとドロテアはヘルゲの耳元で囁いた。
『あのな、小奴はエスキモーの魔女だ。触るとな、魔の気が移る。男なら魔女は移らぬ』
「ほほう、なるほど。では。」
ヘルゲがペトラの体に向かって身を乗り出した。
「あれま?わたくし落としたのかしら? ヘルゲ殿やドロテアさまが慌てさせるからでございますよ!」
ペトラはヘルゲのお触りを嫌がったのか、薄い扉をバタと閉めた。
※第110話~「農夫とカニ女」に挿絵を入れました。
宜しかったら是非ご覧ください




