118~抜けた三つ編み
ヨーセスはこの農夫の家に誘われた。
石段を踏み入れ、中に入ると、床はギシギシと板を張っただけのもの。
壁は細い丸太をぎっしりと隙間なく組んだもの。
中に通されたヨーセスはグルリグルリとその部屋を見渡した。
部屋の真ん中にはどっしりとした鉄の暖炉がのさばっていた。
「この床、所々隙間がありますけど寒くはないのですか?」
「ハハハッ! この暖炉を見たかい? 大きいだろ? 熱くなりすぎるのだ。少しの薪でも濛々(もうもう)と」
「それがなにか?」
「ちょうど良い案配なんだ。下からの冷たい空気がそれを和らげる」
「なるほど」
「まあ、そこに座りな。茶でも飲むかい? 今、その暖炉で湯を沸かす。あっという間だ」
「頂きますがぁ、、、あのう、失礼ですがここはぁ、そのぅ蟹屋敷ですか?」
「ハハハッ!バカを言うでない!そんなことがあるものかい」
「いえ、この辺りでハサミを持った奴が、、、」
「だからさっき言ったであろうに! それはヘルゲとドロテアだって」
「違うんです。ヘルゲの召使ペトラという婆さんが、ヘルゲとドロテア見送った後に見かけたらしいんです」
「ほう、それは男かい?女かい?」
「わかりませんが、この家には沢山の蟹がおられますね」
「蟹に敬語かい?」
「ここは港から遥か山の手。お見かけしたところ農家の方のよう。漁民の民でしたらこんな風情もありましょうが」
「農民が蟹を飾って何が悪いのだ?」
「いえ、悪くはないですが、本当に爺様はカニの化け物ではないのですね?」
「ハハハッ!いるとしたらお前と擦れ違った2人組であろう!ハハッ!ヘルゲとドロテアだ! ほれ茶が入った。暖まれ」
ヨーセスは出されたジャスミンの薫りの茶を二口三口と啜った。
「ひとつお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「なにを?」
「表の物干し竿のことなのですが」
「それがどうした?」
「あれは槍でありますね? しかもかなり古い物」
「で?」
「柄の下の所。そう銀の蓋」
「?」
「【I-M】」
バタン!ギギぃ
『お父さま。これでどうかしら?』
部屋の奥から若い娘が顔を出した。
「おいおい!引っ込んでおれっ!」
ヨーセスは部屋の扉を開けた娘らしき女と目が合った。
「あれ?お前、もしかして?」
出て来た女の目はアデリーヌにそっくりであったが、真っ黒な髪を両の耳から三つ編みにして垂らしていた。
(黒髪?)
『あ~っ!』
先に声を出したのはアデリーヌ。
びっくりしたアデリーヌはヨーセスにプイと背を向けると、部屋に戻ろうと扉のノブに手を掛けた。
バタと椅子から立ち上がったヨーセス。
待てと言わんばかりにヒョイと手を伸ばすと、その三つ編みの髪を引っ張った。
ズルッ
「えッ!」
掴んだ右側。その三つ編みの束がポンッと抜けた。
『きゃ~ぁぁあ!』
「おいおい!青年っ!なにをする!乱暴なっ!」
農夫は髪を掴んだヨーセスのその手を引っ叩いた。
「これは昨夜から徹夜でアデリーヌが編んだものだ! 切ったドロテアの髪だ!」
「い、いま、アデリーヌって言った?言ったね? 言った、、、」
※第94話「地下牢の棺桶」に挿絵を掲載。
怖い?絵となっていますのでお見知りおきを。




