116~物置・物干し
「こんな奥まで来たことないけど、誰か住んでいるのかなぁ?」
ヨーセスはヘルゲとドロテアの姿が東の彼方に見えなくなると、隠れていた木の根元から立ち上がった。木の陰と、ヨーセスの影が長く横並びになった。
「この辺りは畑のようだ。しっかりと手入れしてある。芋かな?」
更に進んだヨーセスはその畑の中に、一軒の物置小屋を見つけた。
アデリーヌ捜しにも勝る、興味を惹かれる小屋だった。
香しくも青臭い干し草の薫りがヨーセスの鼻を突いた。
街に住んでいるヨーセスにとって、港とヘルゲの家の行き来。香るのは街の体臭と魚の匂いばかり。
なんとも新鮮な青い空気が身体中を通り抜けた。
「ごめんくだされ!」
農機具小屋とわかってはいたものの、ヨーセスは声を上げて、その扉を開けた。
東から差す太陽の光が、壁板の隙間を縫って注いだ干し草の上。
モアと熱を吐き出し、淡い湯気を立てていた。
「なんか俺、住めちゃう感じ」
ヨーセスは小屋の中を見渡した。
「なんだこれ?」
手に取ったのは髪の毛。至る所に散らかっていた。
昨夜の夕間詰はその黒を落とし込んでいたが、朝の黄の日はそれを鮮明に映し出していた。
「人の毛だ。ヤギや羊ではないな。しかも刃物でスパッとって感じ。
やはり俺が見たのはカニの通り魔。カニの化け物か?」
屈んだヨーセスはその髪を束にして手に取った。
「長いな、、、切られた奴は誰だろう?、、、アデリーヌの髪は栗毛でもっと艶やかだ。あ、まさか?この髪!」
ヨーセスはその髪をもう一度日に照らし眺めた。
「ヘルゲとドロテア?」
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「じゃあ、この辺りにカニ野郎の家があるという事なのか? いや化け物に家はないか? この畑の持ち主の家を見つけよう」
それは一本道を少し西に歩いたわずかの距離だった。
段差の小さい畦を右手にそれた先に鶏がコケコケと鳴く家があった。
斜めに傾いた古い丸太の家。
屋根はぺんぺん草の原っぱに抑え石。
庭の籠にはゴロゴロと芋が積んであった。
「住んでる」
ヨーセスは恐る恐る近づいた。
「んんん~?どういうこと?」
少し回り込んだ庭先の物干し竿。
黒い山高帽。
オレンジのプールポワン。
黒い紳士のズボン。
それに白い大きな毛皮のジャケット。
午前の東風に、ユラユラと靡いていた。
「農民ではないのか? ちょっとした階級ある紳士の出で立ちの服」
もう一つの物干し竿。
カニの化け物に切り裂かれたのだろうか?
ボロボロの寝巻らしきもの。破れたズロース。
掛けられた革のステッキが、東の風に右へ左へとトコトコと行ったり来たりを繰り返していた。
※第95話「演技?本物?」に挿絵を掲載致しました。
宜しかったら是非ご覧ください。
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