114~イブレートの家紋
『どうするんだよ。朝だよ。ここから出るのかい? ヘルゲ』
「出るしかないだろう?ここの農夫の小屋だ。服も置いて行ってくれたようだし。見た目よりも優しい奴じゃないか」
『お前、私にこの服を着ろというのかい?』
「当然だろぅ! 素っ裸で外に出れるか? それにここから出んことには飢え死にだ。ヤギのようにこの干し草でも食べる気かい?」
『髪は刈られた上に、この農民着。化粧もしとらんのだぞ!』
「では、わしだけ出ようか?」
『は?私を置いて?』
「だって仕方ないじゃないか。わしは出れるがお前は出れない。そうするしかない」
『わかったよ!! これを着ればいいんだろ! この薄汚れたカビ臭い服を!』
「裸で外に出るより増しだ」
ドロテアは畳まれたその厚手に織り込まれた紺色に花柄の刺繍。大き目であったがそれに袖を通した。
『おい、ヘルゲ。お前のもピンクの花柄だが、、、ハハハッ!お似合いだ!』
「お前の着てるのはなんだ。前は花の模様だが。ぶふふッ」
『なにを笑っている?』
「背中だよ。背中。可愛らし~いカニの刺繍」
『カニ?』
「しかも、へたくそな刺繍だ。あの爺さんが編んだんじゃないかい?ぶふふッ」
『なんか、マントのような服だ』
「ハハッ!似合うぞドロテア! 少女のようだ!ハハハッ!」
『笑い過ぎなんだよっ!』
パシッ!
ドロテアは、マントの袖をハラリと、ヘルゲの頭を引っ叩いた。
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「アデリーヌ。昨日はよく眠れたかい? どうだわしのパンは?久しぶりに食べる味は?お前が寝ているうちに焼いておいた」
丸太を組んだだけの東屋のような家。朝露に湿った干し草。あちこちからのその匂いが部屋の中を擦り抜けた。
「ほれ、それは今さっき産んだばかりの鶏の卵。ホクホクと茹でたからな。うまいぞ」
「ラーシュのとこにはさっ。ヤギしかいないんだ。だから卵を食べるのは久しぶり」
「まあ、ゆっくりお食べ。話はそれからだ」
「話って?」
「それはそうだろう。その頭にそのハサミ。それにヘルゲ達をバッサリと刈った。理由は? なぜそんなことができた? なにがあったんだ?」
「、、、魔女狩りにあったんだ、、、」
「はっ?だれが?」
「私がだよ」
「えっ!本当かい?!」
「この下の港の街の地下に入れられた」
「おうおう、かわいそうに。なぜ事もあろうに私のアデリーヌが」
アデリーヌの父親は鼻をぴくぴくさせると、そこで涙を流した。
「そこで火事があってさ。逃げて来た」
「火事?」
「火を着けたのは私。この町のヨーセスって若者に乾物屋に火を着けろと言われたんだよ」
「なぜそんなことを、、、」
「おかげでここまで逃げることができた。バレるとマズいと思って自分で髪を刈った。それも街の床屋で」
「それはそこのハサミかい?」
「そう」
「アデリーヌ。とくとお聞き。それは命にも勝る職人の商売道具だ。盗んではいけない。返してきなさい」
「父さんは魔女狩りにあった私の気持ちをおわかりですか?」
「ああ、今涙したばかりだ。しかし盗みはだめだ。それはイブレートの名に懸けてもだ」
「イブレート?」
「そう。実はな、お前のその真っ白な肌。その美しい栗毛。それはマウリッツの流れを組んでいるからだ」
「マウリッツ? ヨーセスの店であの若者達に聞いた城の名、、、」
「だからほれ、うちの家の中にある飾られた徽章や額。すべて蟹の紋章が入っておるだろ?」
「カニはイブレートの家紋?」
「そういうことだ」




