112~オロクとヴィーゴ・鍵の裏側
「ないな」
「ない」
「ひとつもない」
ヘルゲの館に侵入したヴィーゴと隠修士のオロクだった。
「この鏡台の前に散らかした指輪や髪飾り。どこにも【I-M】なんて記してないよ」
「こっちの高そうな椅子もベッドにもない」
「オロク。台所の食器はどうだい?」
オロクはその棚からコップや皿を取り出し、表裏と眺めてみたが、それらはイブレートのお宝とは違った。
「ヴィーゴ。なにか違うんだよ。この家の中。そのぅ、何て言うかぁ、様式がさ」
「様式?」
「ああ、200年も前の形の物が無いと言うか、それを感じさせてくれる物がない」
「そう言えばなんとなく。どこか別な場所に隠してあるのかなぁ」
「隠すったって、ここには他に薪小屋しかないぞ」
「そうだよなあ。あそこは俺たちが始終薪を割っている所。そんな物はないよ」
「この館に入ったことは?」
「今日が初めて。ヨーセスすら入れてもらえてないはずさっ」
「じゃ、ヘルゲとドロテアしか、、、」
「ん~ん。いやペトラは毎日出入りしている」
「料理番だな。しかしあの婆さんは何も知らないだろ?」
オロクはベッドの下、大きな棚の裏、至る所の引き出しを開けてみたが、【I-M】という文字はさっぱし見つからなかった。
「棚から出て来るのはドロテアのズロースばかりだ」
「なあ、ヴィーゴ。もしかするとだが」
「心当たりでも?」
「いや、推測。マウリッツの宝はタリエ侯爵の下にあるんじゃないか?」
「え、なぜ?なぜそう思う?」
「考えてもみろよ。マウリッツの宝は別格の優れ物だ。文字を気にせず一つでもタリエに貢いでみろよ。きっとタリエならこの文字に気づくはず。なんぞや?と」
「ほう」
「そうなるとだ。次からはこの文字の入った物を欲しがるはず。ヘルゲとドロテアはタリエにこの町を守ってもらっているのさ。出せと言われれば出さないわけにはいかんさ」
「なるほど。ゆえにここには無いということか?」
「ああ、この部屋をグルっと見渡しても気配すら無い。イブレートの宝はそれほど異彩を放つのだ」
「じゃ、あきらめるか。ヨーセスからは他の宝には手をつけるなって言われてるしさ」
「これなら、誰も荒らさなかったってことで済む。鍵だけ閉めて料理番のぅ、、、」
「ペトラ。ペトラに鍵を返そう。何事も無かったってことだ」
ヴィーゴは表に出ると、ポケットから玄関扉の鍵を取り出した。
その鍵穴に刺した。
開けた時とはもちろんのこと逆に回した。
ガッチャ
鍵の持ち手が裏側になった。
「おい!オロク!」
「は?」
「この鍵!【I-M】って彫られているッ!」
「えっ!なんだってぇ!」




