111~ずさんなヘルゲ夫婦
「タリエ侯爵様。マルクからこんな物が。使いの者がやって参りまして、これを侯爵様にと」
マルク。
タリエの使いと称してヨーセスの店から宝を奪った海賊の首領だ。
『ほう、開けてみろ』
召使の男。船の饐えた匂いと潮の匂いが入り交じった木箱の蓋を開けた。
その中には更なる木箱。
「おっ!」
ビックリしたのは召使い。何色もの宝石が散りばめられている荘厳な小物入れ。
召使いはそれを取り出すのに躊躇った。
「これはわたくし如きが手にしてはならぬ物。タリエ侯爵様。ご自分のそのお手でお掬いくださいまし」
タリエはその箱を手に取ると掌を受け皿にクルリと回した。
『見事だ。私の欲しかった物。お、底にもなにやら銀細工の彫り物がしてあるぞ。さすがマルクだ。私の欲しい物をよく知っておる』
「どこの物でしょう?」
『ん~わからぬが、、、マルクは私を騙しているのであろうな』
「は?どういうことでありましょう?」
『この箱の底を見てみろ。カラスの羽と尻尾と足。首から上がない』
「ああ、ほんに」
『つまり、これは二つで一つの品だ』
「なるほどぅ」
『それにな。これだけの物を手にしたのだ。一品だけを盗むと思うか? そこには他にも多くの宝があったはず』
「なるほどっ」
『わたしはな。あのドロテアから学んだのだ。宝を贈り物とするには必ず嘘というものが纏わりつくのだ。貴重な物とはそう言うものだ』
「さすがでございます」
『ところで、ヘルゲやドロテアはとんと見えぬようになったがどうしておるのだ? 最近ではうちの軍警察にもお呼びが掛からんが?』
「どうせまた色欲に溺れでもしているのでしょう」
ヘルゲ男爵の領地は彼自身の物であるのは間違いなかったが、事実上は、タリエ侯爵の支配下になっていた。
きちりと境界線はあったものの曖昧なもの。
ヘルゲがここを統治した時には、この港町にも警察も火消しもいたのだ。しかしそれらが公の仕事である以上、やり繰りの資金は民の税収と男爵家の懐から支払われていた。
しかし色欲に駆られた夫婦。全てが面倒になった。
税の徴収、官僚や公務の者たちへの支払い。
ずさんな2人は、タリエ侯爵に願い出た。
宝の貢ぎ物と引き換えに、この街の護衛と官僚を撤廃しベルゲン警察に任せるというものだった。
つまりは、宝の報酬をタリエ侯爵に税として支払い、2人は勝手気ままにこの港町にのさばった。
タリエもタリエだった。
普通なら多額の資金を投入しなければならない護衛と警備、その施設。
しかしよくよく考えれば、ヘルゲの町で事件が起きても間に合うわけは無し。
火事が起きてもそれは同じ。到着する頃には到に燃え尽きている。
それゆえ、数日後に下っ端の警官をベルゲンから数人向かわせ、それで良しとした。
この港町で起きる事件はコソ泥程度のものでしかなかったのも、タリエが宝との交換を承諾した理由であった。
ドロテアが持ち込む宝は、それほどの価値のある物ばかりだったのも大きな理由。
ヨーセスやミカル達は薪割りと称していたが、その治安の維持を少なからず果たしていたのも事実。
警察のいない代償の役割りも果たしていた。
ところが事件は起きた。
男爵という爵位のある者の髪が無惨にも刈り取られ、魔女の処刑地の地下牢に火の手が上がったのだ。
※第46話「ベルゲンの海賊・首領はマルク」にタリエ侯爵のイメージ画を掲載致しました。
宜しかったら是非ご覧ください。




