109~小屋の爺さん・モグラの夫人
「おい!こら!なんだ!騒がしい!」
農機具小屋に入って来たのは、この小屋の持ち主。
初老の農夫。
「まったくぅ!お前らはそこで何をしとるっ!! 西風に乗ってお前らのギャアギャア騒ぐ声がわしの家にまで響いて来よったわい!」
耳の上だけが白髪頭。頭上はツンツル天の農夫。
怒り露わに蟹股で小屋に入ると、手にしていた鍬を振り被った。
干し草で身体を隠したドロテア。
農夫の手を止めたのはヘルゲ。
「ああ、ああ、やめろ!やめろ!わしらは何もしとらん!」
「なにもしとらんだと! 他人の小屋に勝手に入っているだけでも不届き者!そのうえ、、、」
「そのうえ?なんだ?」
「2人とも素っ裸ではないか! えぇえぇえぇ~?! わしの小屋で裸でなにをしておった? ま、やることは一つ! 聞くまでもないがっ、、、」
「違う!違う!今な、カニの化け物がこの小屋に入って来てだな、、えっとぉ、わしらの服を身包み剥いでいったんだ! そうそうほれ? 干し草にわしらの伐られた髪が」
「たわけ!カニのお化けなぞどこぞにおると言うんか!それに髪などどこにも落ちとらんではないか!」
言われたヘルゲ。農夫に裸の尻を向け、バサバサと干し草を搔き毟った。
「あれ?ない?ない?暴れた拍子に埋もれたらしい」
「ほれ、嘘つきめ。ここはな夕暮れ時になるとオレンジの日が差し込む。木々に揺れたその影でも見たんじゃろうて。おうおう可哀そうに」
「ぬかすな! わしらを誰だと思っているんだ! わしが男爵ヘルゲ!小奴がドロテアだっ!」
「は? ハハッ! ヘルゲはこんな丸坊主ではないわ。横にいるのも男なんだか女なんだか? 頭も草で隠しおって」
『お、と、こ~?! おい!農夫!ぬかすなっ!』
怒ったドロテアは干し草からポン!と立ち上がった。
体を隠していたその草がパラパラと飛び落ちた。
「あれ?お前も坊主ではないか!、、、しかしその声。それに、、あれが付いとらんな」
『きゃ~!』
ドロテアは恥ずかしさのあまり、農夫に尻を向け、モグラのように頭から干し草に潜った。
「ま、とにかくだ。お楽しみのところ悪いが、ここはそのようなことを致す場所ではない。とっとと出てってくれ」
ドロテアは干し草からヒョイと首だけを出した。
『おい! 爺! 覚えておけよ! ここから出たらお前を処罰してやるからな!』
「なにを言っておる! 処罰を受けるのはお前らの方であろう! 人の小屋に土足で上がり込みやがって!」
「待て待て。爺さん。しかしこの頭とこの体。容易く外には出れんのだ」
ヘルゲがほとほと参った程で言った。
農夫は鍬を手から離し、腕を組んでしばらく黙った。
「うむ。だったら一晩だけだぞ。明日には出て行け。その代わり騒ぐんじゃないぞ」
その夜。
空に満載の星が流れる更け。
初老の農夫はそっと小屋の扉を開けると、そこにズボンとスカート、それに2着の上着を置いて立ち去った。
冷たい夜の西風がその農夫の後を追った。
画・童晶




