108~カニの髪狩り
夕暮れの太陽。
その西の地平線を横に横にと這い、なかなか沈む気配はない。
この地方独特の夕暮れ。
しかし淡い紺色の東の空には銀色の星が少しづつ現れ始めた。
ヘルゲとドロテアの納まった農機具小屋の壁の切れ間。土間にはまだ放射線状にオレンジのストライプが走っていた。
小屋からは男爵夫妻の虫の鳴くようなイビキが漏れていた。
そのオレンジの線の一つが大きく真四角に影を割った。
入り口の扉が開いたのだ。
ガラガラ
干し草の上のストライプの2人。
気づかなかった。
扉を開け両手にハサミを持った侵入者の影。
巨大なカニとなって二人を覆った。
その影は腰を落とすと寝ていた2人にゆっくりと近づいた。
(おや?こいつらはあの2人?)
いきなりのことであった。
掴んだのはドロテアの髪。
引っ張り上げると、そこにバサバサとハサミを入れた。
ドロテアの顔に自分の髪が降り落ちた。
『ぎゃ~!』
それに気づいて飛び上がろうとしたドロテア。
跳ねた重みで腰が干し草の中にグイと埋もれた。
両手を広げてバタつくと、身体はどんどんその奥に沈み込んでいった。
『やめろ~! だれだぁ!? お前はぁ~!』
暴れるドロテア。切られた髪と干し草がオレンジの光に舞い上がった。
「なんじゃ?ドロテア。うるさいのう」
ヘルゲは寝返るとドロテアに背を向けた。
『おい!バカ!助けろ~! ヘルゲぇ!起きろ~!』
「は?」
ヘルゲはもう一度寝返った。
「ギャ~!ぁぁぁぁぁ~!」
目に映ったのはオレンジの日を背に浴び、ハサミを持った逆光の影。
まるでカニの化け物であった。
慌てて起き上がろうとするヘルゲ。
しかし、カニの男物の大きく硬いブーツが腹の上にドカと乗ると、ヘルゲの尻は干し草の中にグイグイと押し込まれた。
カニの化け物の左手のハサミ。
ヘルゲの首元にあてがわれた。
「おいおい!やめろ!なにをするぅ!殺さんでくれ!」
干し草に埋もれた2人。横を見ても互いが何をされているのか分からなかった。
カニの化け物の右手はドロテアの髪をチョッキンな。
重い左足はヘルゲの腹の上。
左手はというと、その持っていたハサミがヘルゲの髪をも切り始めた。
「うあ~!」
『ぎゃ~!』
干し草と髪のオレンジの埃。キラキラと舞い上がった。
それはカニの陰影を更に化け物に変えた。
「まさか、お前らがこんな所にいるとはな! 大人しくしろっ!」
カニの左足が言葉とともにヘルゲの腹をもう一度枯れ草に押し込んだ。
「お前らは魔女狩りをしてもその刑。その罰を受けたことがないであろう? 今受けてもらっているのさっ! 優しい刑だろ? 魔女狩りならぬ髪狩りだっ!」
「その声?」
『うっ、、、女?』
「カニ女?」
『カニはどうでもよい!』
「おんなか!」
※前話 107~「蟹男・農機具小屋」に挿絵を入れました。
ちょっと拙い絵ですが宜しかったら是非ご覧ください。
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