106~栗毛の髪
「いやぁ。ひどい火事だ。うちの店にも襲い掛かる勢いだった、、、あれ?客人。そこでなにを寝転がっている? パンツ一丁にマント姿」
「店主!お前が乾物屋が火事だと留守を空けるからだ!!」
床屋の客人はマントをパタパタ叩きながら、ゆっくりと立ち上がった。
「まったくぅ!」
「どうしたというのだ?」
「どうしたもこうしたもあるかい!お前が留守をしている間に若い娘が入って来て、そこのハサミを取り出してだなあ、自分の髪をバサバサと切りよった」
「で客人、なぜに転んでいる?」
「ビックリしたからだ!」
「それだけ?」
「お前はその女と会ってないからわからんのだ!それはそれは恐ろしい悪魔のような目つき。それにぃ」
「それに?」
「一人芝居をしとった」
「ほう、芝居?」
「ああ、『切るぞ!』「きゃ~!やめて~!」一人二役ッ!なにかもう一人乗り移ったようなぁ、、、」
「、、、誰か乗り移った?」
「知らんはわしは!」
「そのマントに付いてる髪。床に落ちているたわわな髪がそうかい? その女のもの?」
「そうだッ」
店主は床の上に落ちていた髪を束ねて手に取った。
「淡い茶色、、、馬のたてがみのような綺麗な栗毛だ」
「ああ、顔も美しかったわいッ」
店主はその髪の束を握ると、またまた店の外に飛び出した。
「おーい!店主ぅ~!どこへ行くぅ? わしはまだ髪切りの途中じゃろうてぇ~!」
客人はうなだれて、また椅子に腰かけた。
パンツの奥にまで入った女の髪の毛。
股間に刺さるチクチク。
腰を浮かせてボリボリと掻いた。
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栗毛色の髪を握った床屋の店主。
まだ燻されたままの乾物屋の店の前に向かった。
乾物屋の主人は番犬を背もたれに、向かいの石畳みの上に座り込んでいた。
その横ではキルケとイワン、それにトールが煙の行方を追っていた。
「おい!乾物屋ぁ!この栗毛の髪に見覚えはあるかい?」
「ん?」
乾物屋は首を捻った。
「わからん」
「匂いを嗅いでみろよ」
床屋は乾物屋の鼻先にその髪を当てた。
ハックショ~ン!
「近づけ過ぎだわい! ん~、どれどれ」
「臭うだろう?」
「煙を通り越して火の臭いすらする」
覗き込んだキルケ。
「あれ?この髪の色。あの女。アデリーヌだ。独特の色だからな」
「俺の可愛いこの犬にキスをしていった魔術使いの女のことかい?」
「ああ、たぶん。それに、そんなに強烈に臭う煙臭さ。さっきまでこの店にいたということさ」
「火を着けた女の髪? 客人が言うには狂ったように一人芝居を繰り返し、バサバサと髪を切り刻んでいったと」
床屋の主人が言った。
「切ったんだ、、、」
キルケは流れていく淡くなった煙を見つめて言った。
気がつくと、隠修士たちの姿も消えていた。




