100~逃げ出した3人
「お~い! ドロテアぁ~! ペトラぁ~!」
館に駆け込んで来たのはもちろんヘルゲ。
家の扉を開けると、開けっ放しでドカドカと床を蹴った。
「どうされました? ヘルゲ殿」
「お、ペトラ! どうにもこうにもだ! ドロテアは? 寝ておるのかい?!」
「はい、さきほど分厚い化粧を落とされまして、今ベッドに」
ヘルゲは食堂を横切ると、寝室のドアをバタンと開けた。
「おい!ドロテア!」
『あ~、なんだよヘルゲ。私は今まさに深い眠りに入ろうとしたところ。出て行っておくれよ』
「そうじゃないんだ! 寝ている場合じゃない!」
『うるさいなあ。しずかにしておくれ』
ドロテアは掛け毛布を抱くと、寝返りを打ってヘルゲに背を向けた。
「ばか!わしの話を聞け! 攻めてくるぞ!」
『だれが? 煙なら窓は閉めてあるぞ』
「アホ!海賊だ!か、い、ぞ、く!」
『はぁ~?はぁ~? はぁ~? どこの?』
ドロテアはもう一度寝返りを打つと、そこで上半身を起こした。
「虚け!海賊にどこぞもくそもあるか! とにかくだなぁ!早くここを逃げ出さないと大勢の賊どもに襲撃されるぞっ! 目的はここの家のお宝だっ!」
『ぎゃ~!』
ドロテアはベッドから、ピョンと跳ねあがるとスタスタと鏡の前に向かった。
「は?なにをしておる! 化粧なんかしてる場合かぁ! そのままでいいから早くしろ!」
『は?私はズロースだぞ!』
「いいから!いいから! そこに掛けてあるわしの寝巻を羽織るんじゃ! 身成なんかどうでも良いわ! 早くしないと殺されちまうぞ!」
『宝は?』
「宝? どっちが大事か考えろ! その寝ぼけ頭で!」
2人は着の身着のまま、食堂に出た。
「おい!ペトラ! お前も早く逃げるんだ! 海賊の追っ手が攻めて来るぞ!急いで!急いで!」
ペトラは洗っていた皿を放り投げると、エプロンの裾で手を拭いた。
『おいおい、この格好にこの私の顔では、私が召使いでペトラが男爵夫人ではないか!?』
ペトラの姿を見たドロテアはそう言った。
「ボケ! お前はこの場に及んで、なにを気にしておるんじゃ! とっとと外に出んか!! あ~!そっちではない!あっち! 勝手口じゃ!裏からじゃ!裏口じゃ!」
3人は港とは反対側。そのぺんぺん草だらけの砂利道をバタバタと跳ね上げた。
『ハアハアっ、息が切れるわ。おいヘルゲ、あの火事か? ハアハア、お前見たのか? その海賊ども』
「いやいや、ヨーセスの野郎とバッタリ会ってな、ハアハアっ、そう言っていた」
「あれま? ヘルゲ殿。見てはいないのですか? その海賊とやらを」
ペトラも両手を振り振り、ヘルゲに聞いた。
「見ていたらわしなぞもう捕まっておるわ! ヨーセスがそう言うんだから間違いはないわ!」
「ヘルゲ殿。どこまで逃げるおつもりで?」
「どこまでって、、、行けるところまでじゃ! ハアハアっ」
『それよりも、逃げ延びたらお前に言いたいことがあるっ!』
靡いたヘルゲの寝巻。そのボタンを留めながらドロテアが言った。
『ばか。アホ。虚け。ボケ。寝ぼけ頭。私に言ったその言葉。覚えとけよ』
「あ、、、っ」
『それから、ペトラ! 分厚い化粧とは何事ぞ!聞こえておったわ!』
3人は砂利の道を記録づくめの早さで駆けて行った。
※第21話~「統計という魔術・紫の雪」に挿絵を掲載。
宜しかったら是非覗いてみて下さい。
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