死亡フラグ・生存フラグ
(で、でかすぎる……)
今まさに塔に接近しつつある樹木の妖魔は巨大怪獣サイズと言っていいだろう。
これに比べたら、先日、迷いの森で見た個体はお子様サイズでしかない。
こんなどでかいものに勝てるのか?
自衛隊でも呼ばなければ勝てないのでは。
そんな弱気な気持ちがユウキを蝕む。
ラチネッタも叫んだ。
「勝てっこないべ! みんなで逃げた方が得策だべ!」
ユウキはせめて自分だけでも強気を保つことにした。軽く『暴言』を効かせた強がりを放つ。
「はあ? 何ってんだ、この程度、余裕だろ」
だがシオンが戦闘直前だというのに気の抜けたことを言い出した。
「この戦いが終わったら……僕、塔の裏のお風呂に入ってみようかな。実は一度、入ってみたかったんだ」
ユウキは強い不吉さを感じ取った。
とりあえず強く『暴言』を吐いておく。
「バカかお前は! お前は一生、風呂なんかに入るな!」
「なっ……ユウキ君……口の聞き方には気をつけてくれないかな」
「うるさい。お前に入らせる風呂なんてねえよ」
「ふ、ふふっ。もし戦いが終わって僕に魔力が残っていたら……その言葉、後悔させてあげますよ」
シオンは塔の北で戦闘配置につきながら、手のひらをスパークさせた。
彼を挟むように暗黒戦士とゾンゲイル家事用ボディが立ち、北方から迫り来る樹木の妖魔の巨体を見つめている。
「……よし」司令室のユウキは呟いた。
なんとなく不吉感が薄れた感じがする。
早い話が『死亡フラグ』が消えた気がする。
非科学的なゲン担ぎと言えばあくまでそのとおりである。
だが今、司令室のオレにできるのは、勝てそうな雰囲気を作ることだけだ。
悲劇的な方向に流れそうな雰囲気をできるだけ消していきたい。
と、ここで今度はアトーレが死亡フラグを発した。
「ユウキ殿……」
「なんだ」
「戦闘が始まる前に、暗黒戦士としてではなく、アトーレとして言います……」
「言うな」
「えええっ?」
「何も言うな」
「い、嫌です。言います!」
「それよりもオレの話を聞いてくれ。実はオレはさ……」
「は、はい」
「いや、やっぱり言うのやめた」
「な、なんですか、気になります!」
「この戦いが終わったらアトーレに伝えるよ……」
「ユウキさん!」
司令室のユウキはぐっと握りこぶしを固めた。
(よし、これでアトーレの死亡フラグを、とっさにオレの死亡フラグへと転化することができた)
だが……自分の死亡フラグを立てたためだろうか。
この戦闘でドラマティックに死ぬことへの憧れを感じる。
なぜならユウキの日常はつまらないことの連続だからだ。
朝起きて歯を磨き顔を洗い……ご飯を食べて、一日の時間を潰し、そして寝る。
その連続が日常だ。
今、一応、異世界でナンパなどという非日常に非日常をかけた活動をしているが、何事も飽きるものである。
そして物事に飽きたあとには日常が広がっているのである。
そして日常の大半はつまらないことで占められているのである。
そのつまらなさから逃れたい。人生の避けられないつまらなさから死を持って逃避したい。
異世界に召喚されたという非日常の中で、オレはドラマティックに死んでしまいたい。
そうすれば永遠に日常のつまらなさから逃れられるだろうから。
と、ユウキが自ら立てた死亡フラグに飲まれそうになったそのとき……。
塔の東方で風車のように回転しながら雑草を刈るゾンゲイルが話しかけてきた。
「はあ、はあ……ユウキ」
「なんだ?」
「はあ、はあ……私、ユウキの世界に行く」
「……は? どうやって?」
「行く」
「だからどうやって?」
「私、ユウキの家で、ユウキの身の回りのお世話をする」
ここに至りユウキは強い不安を感じた。
「や、やめろ、戦闘前にそんなこと言うのは!」
ゾンゲイルまで死亡フラグを立てはじめたと思ったのである。
だが……。
「私、絶対に、この夢、かなえる」
「…………」
「ユウキが嫌がっても、絶対に行くから」
ゾンゲイルが発した言葉には儚さよりも、むしろ彼女のギラギラとした欲望が詰まっているよう感じられた。
そしてゾンゲイルは、やると決めたことはやるやつだった。
(そうか……これはむしろ……『生存フラグ』か……)
未来にやりたいことを持つこと。
儚さではない、ずぶとい欲望を持つこと。
そしてそれが手に入ると信じ、それを自分の現実にすると決めること。
それは人の生命力を沸き立たせる『生存フラグ』に感じられた。
「わかった……来いよ、オレの家」
「はあ、はあ……本当に、行くから」
「ああ」
司令室でユウキはうなずいた。
それからユウキはシオンに話しかけた。生存フラグを立てるために。
「おいシオン」
「話しかけないでくれ! 僕は目の前の戦いに集中してるんだ!」
「さっきは悪かったよ。戦闘前で緊張して頭がおかしくなってたんだ」
「ぼ、僕にあんなひどいことを言って。絶対に許さないよ」
「ごめんな。謝るから、この戦いが終わったら、一緒に風呂、入ろうぜ」
「なっ、何を言ってるんだ。一緒に? 僕と?」
「ああ。お前と一緒に風呂に入りたい。ダメか?」
「そ、そんなこと……急に言われても、僕にはわからないよ……」
「わかれよ。とにかく一緒に入ろうぜ。約束だからな」
「う、うん……」
それからユウキはアトーレにも声をかけた。
「アトーレ、聞いてるか」
「ユウキさん! 教えてください、さきほど何を言いかけたんですか?」
「そういうアトーレは何を言おうとしてたんだ?」
「や、やっぱりいいです。恥ずかしくなっちゃいました……」
「なあ。今朝の宿屋で、オレとしたこと、覚えてるか?」
「お、覚えてます……」
「あの続き……できたらいいな」
「だ、ダメですよ」
「なんで?」
「だって私……暗黒戦士ですから……満たされたら、弱くなってしまいますから……」
「少しだけなら大丈夫じゃないか」
「そ、そうですか?」
「今度試しに少しだけ続きをやってみよう」
「え、ええ……」
だがここでラチネッタの叫びがユウキを戦闘に引き戻した。
「来てるだよー! 樹木の妖魔Cがすぐ近くまで来てるだよー!」
「もうちょっとだけその場に踏みとどまってくれ。よし、今だ! 逃げろ、こっちの方角だ!」
ラチネッタの視覚に逃走方向を記す矢印を送り込み、彼女を適切な方向へと誘導する。
(いいぞ!)
樹木の妖魔はうまいぐあいにラチネッタを追いかけはじめた。
そうこうするうちに、ゾンゲイルの草刈りは塔の東から塔の南へとゆるやかに弧を描いて進みつつあった。
草刈りによってできたその道に、東から進撃してきた樹木の妖魔Bが入り込んだ。
作戦通りだ。
これにより樹木の妖魔BとCの、塔への攻撃を遅らせることができた。
ここで司令室のユウキは、塔の北に配置された戦闘員に意識を向けた。
シオン、アトーレ、家事用ボディ、三者に今、北方から迫りくる樹木の妖魔Aが凄まじい地響きを立てて突進していた。
距離、十メートル。
「戦闘開始だ……」
ユウキは暗黒戦士と家事用ボディのスキルアイコンを押した
暗黒戦士がその指示に従って『暗黒の蛇』を樹木の妖魔の右足に投射した。
同時に家事用ボディが砂煙を上げて走り出し、樹木の妖魔の左足にタックルした。
瞬間、樹木の妖魔の動きが止まった。
「今だ!」
司令室のユウキは祭壇に表示されたシオンのスキルアイコン『火の玉』を押した。
「ふふっ、わかってるよっ!」
塔の北で怪獣のごとき樹木の妖魔の威容と向き合うシオンは武者震いしながら呪文を詠唱した。
「何もかも燃やし尽くす太陽より熱き炎の玉よ……いま、ここに顕現されよ……そしてあいつを燃やせっ!」
シオンの目の前に突如として生じた巨大な炎の玉が今、宙を飛翔し、樹木の妖魔に轟々と唸りを立てて襲いかかった。
異世界ファンタジーなのにまったく戦闘の気配がなかった本作ですが、ここに至りとうとう戦闘が始まりました。
果たしてどうなってしまうのか!!
これまであまり戦闘シーンを書いたことのなかった作者ですが、頑張って書いております!
というわけで……いつもお読みいただきありがとうございます。
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