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エグゼドス

 引き続き第二フロアの闇の魔法が恐怖、不安、後悔をユウキに送り込んでいたが、それよりも気になることがあった。


(ゲストの指輪……だと?)


 廊下を歩きながら左手に目を落としてみれば、数匹の蛇が絡みあう複雑な意匠の指輪が、確かにオレの人差し指にはまっている。


(きっとラチネッタはオレを励ますために、一時的にこの指輪を貸してくれただけなのだろう。だとしても……)


 十分にその効果はあった


 ちらりと指輪を見る度に、優しい励ましを感じて気分がほっこりする。


 同時にあのとんでもなくエッチな春祭りのイメージが脳裏にチラつき、ドキドキが高まる。


 その分だけ恐怖、不安、後悔の影響力が薄れていく。


 これなら前進できそうだ。人の心を怖気づかせる闇の魔法の中を。


 ユウキはラチネッタと廊下を進んでいった。


 *


 廊下の壁には不規則に扉があった。


 扉の向こうから、重い唸り声が聞こえてくる。廊下の壁に反響するその唸り声がユウキを脅かす。


「な、なんなんだあの声は?」


 ラチネッタは唇に人差し指を当てると、ユウキの耳元に小声で囁いた。


「……第二フロアの小部屋には大型の獣の死霊がいるべ。奴らは鼻も耳も効くから静かにしてけろ」


 ユウキは口を手で塞いだ。


「獣の唸り声に怯えるよりも、目的地を表す5と7という数字を心に強く思い浮かべるだ。迷宮心理座標がおらたちに正解の道筋を教えてくれるだ!」


 半信半疑のままユウキは5と7という数字を頭に思い浮かべつつ、獣の唸り声の木霊する廊下を前進していった。


 あるときラチネッタが前方の壁の扉を指さした。


「あの扉は階段から数えて5個目だべ。あそこに入ってみるべ」


「そんな適当な感じで大丈夫なのか?」


「適当じゃないべ。直感だべ。『ミカリオンの手帳』によれば、迷宮心理座標はこうやって直感的に使うものらしいべ。おらと手帳を信じるべ」


「間違えてたらどうするんだ? この扉の向こうに大型の獣の死霊がいるかもしれないんだろ?」


 ラチネッタは足を止めると手帳をペラペラめくった。


「この『ミカリオンの手帳』によれば、獣の死霊は鋭い爪を持っているそうだべ。その爪には強い毒があるため、かすっただけでも三日三晩苦しみ抜いた末に死ぬらしいべ」


「……やばすぎだろ」


 安全を第一にし、このままなんとか第一フロアまで引き返した方がいいのではないだろうか。


 だがその場合、塔は崩壊しこの世界も終わる。


 しかたがない。


 とりあえずの流れでこの扉に入ってみるか。

 

 入ってみた。


「なにするだ! 危ないべ! おらが先に入ろうとしてたところだべ!」


「あ、ごめん」


「おらの方があらゆる面において危機回避能力に長けているべ。斥候はおらに任せるべ!」


 本気で怒っているラチネッタに謝りつつ、あたりを見回す。


 今開けた扉の奥には、また新たな長い廊下があるだけだった。


 獣の死霊などという恐ろしげなモンスターの影も特に見えない。


「危険はないみたいだが……この道で本当に合ってるのか?」


「次は7という数字に意識を向けて歩くべ」


「…………」


 他に頼れるものは無いので、言われた通り7という数字に心を向けて歩く。


 長い廊下をひたすら歩く。


 たまに壁に扉が現れるが、その向こうには恐るべき獣の気配がある。


 いつ扉の中から飛び出してくるかもわからない。


 扉の前を忍び足で通り過ぎ、また長い廊下をひたすら前進する。


(本当にこんなんで目的地に辿り着けるのかな……)


 気弱になってついため息がでる。


「はあ……」


 そのときラチネッタが足を止めた。


「ここだべ!」


「は? なにが?」


「今、ユウキさんが『はあ』とため息をついたべ。その回数が丁度さっきで7回目だべ! つまりここに何かがあるべ!」


「なんだそれ」ユウキは呆れた。


「廊下の壁の右も左もツルツルで、明らかに何もないぞ」


「そんなことないべ。きっとここに何かがあるべ……」


 ラチネッタは廊下の壁をごんごんと拳で叩いたり、体重をかけて押したりした。


 すると、いきなり壁がへこみラチネッタはその奥の空間へと倒れこんでいった。


 悲鳴を上げたラチネッタにユウキは駆け寄った。


「だ、大丈夫か!」


「あいててて。な、なんだべここは……?」ラチネッタはぶつけた頭をさすりながら、前方を見上げた。


 そのときがこんと音を立てて隠し扉が背後で閉じたが、それに構わずユウキは思わず驚きの声を発していた。


 隠し扉の向こうには、高い天井の大伽藍めいた空間が広がっていたのだ。


「うおおお……なんだここは……!」


 大きな教会、あるいは寺院の内部を思い起こさせる巨大な空間、その入口にラチネッタとユウキはいた。


 その空間の左右の壁には三枚ずつ、計六枚の巨大なレリーフが飾られていた。


 どこからか溢れ出る魔法の光が、突如ユウキの目の前に現れた広大な空間とレリーフとを照らしていた。


 壁のレリーフを見上げると、両刃の斧を装備したドワーフや、弓を引き絞るエルフの娘など、いかめしい、あるいは美しい戦士たちの姿が、今にも動き出しそうに浮き彫りにされていた。


 魔法の光に照らされたそのレリーフからは、はるか昔のできごとのイメージが心に直接送り込まれてくるようであり、ユウキはしばし圧倒され、荘厳な気持ちに打たれた。


 壁際で息を飲んでレリーフを見上げていると、ラチネッタが言った。


「この空間……迷宮第二フロアの闇の魔法がかかってないべ」


「確かに……気持ちが楽でスッキリしてるな。ということは……」


「ここは何者かによって人為的に生み出された空間だべ」


「ということは……どうやら無事についたみたいだな。エグゼドスのポータルに」


「エグゼドスのポータル? そんな馬鹿なだべ!」


 ラチネッタは手帳をパラパラとめくった。


「『ミカリオンの手帳』によれば、ポータルの座標は闇の塔のマスターだけが閲覧を許可されている『エグゼドスの手記』に厳重に保存されてるはずだべ。ユウキさんがその秘密の座標を知ってるはずがねえべ!」


「いや、実は闇の塔のマスターがオレの知り合いで……」


「ひゃ、百歩譲ってそんなことがあり得るとしても、ポータルの起動は闇の塔のマスターでなければ不可能だべ!」


「これがあればなんとかなるはず」


 ユウキは右手の人差し指に嵌めている『塔主の指輪』をラチネッタに見せた。


 ラチネッタは目をぱちぱちさせてその指輪を確認したかと思うと、いきなり床にへなへなとへたり込んだ。


「と、塔主の指輪だべ……ということはユウキさんは、闇の塔の全権代理人だべ。お、おらはもうおしまいだべ!」


 ラチネッタは床に平伏した。


(一部のやつに対してとんでもない影響力があるな。この指輪……)


「おらは何も悪いことしてないだべ! 闇の塔のクリスタルを盗んだのはおらの先祖だべ! 許してけろ」


「クリスタルというと……クリスタルチェンバーに設置されてるあのしょぼい水晶のことか。七つあるはずだが、いくつか盗まれてたのか……」


「盗んだクリスタルはおらが村でご神体として大事にされてるべ! いつでもお返しする用意はできてるべ! んだから村を紅蓮の炎によって焼き滅ぼすのはどうかやめてけろ!」


 なんだかよくわからないが、ラチネッタの実家の村と闇の塔には、なにかしら因縁があるようだった。


「村の悪業を許してくださるなら、おら、なんでもするだよ!」


 ラチネッタは床に額を擦り付けて平伏した。


 ユウキは自分とは何の関係もないアイテムがもたらす仮初めの権力感を、また気持ちよく味わった。


(これはいい。くせになりそうだ……)


「とかいって遊んでる場合じゃないんだ。早くポータルを起動して塔に帰らないと。ポータルはどこだ? 見つけるのを手伝ってくれ」


 ユウキはラチネッタを引き起こすと、大伽藍をうろつきまわってポータルを探した。


 しかしラチネッタはまだ怯えを見せていた。


 彼女が落ち着きそうな言葉を投げかけつつ、六人の戦士の巨大なレリーフに睥睨されつつ、ユウキは大伽藍をうろつきまわってポータルを探した。


 そのとき誰かに肩を叩かれた。


「ん?」


「俺が手伝ってやろうか。ポータル探しを」


 振り返るとそこに見知らぬ白髪の少年がいた。


 黒いローブを着ており、どことなくシオンに似ているが……声も顔立ちもまったく違う別人である。


「……だ、誰だ、あんた?」


「俺か? 俺はエグゼドスだ」

いつもお読みいただきありがとうございます。

ぜひこのあとも本作をお楽しみください。

またよろしければぜひ、ブックマーク、レビュー、評価、感想など応援よろしくお願いいたします。

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