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会議の始まり

 寝て起きるとユウキの女体化は解除されていた。


 ユウキは朝早くソーラルに出かけると、噴水広場でナンパしながら石版で闇の塔に指示を出した。


「シオン。徒手格闘の訓練のためのスペースを造ってくれ」


「どうしてだい? 格闘スキルなんて組手でしか役に立たないよ。それよりも昨日の夜……大丈夫だったのかい?」


「オレはなんともないが、調査してわかったことがある。平等院は闇の女神に操られていたんだ。闇の女神の手駒が平等院だけとは思えない」


「それならなおさら実戦に使える戦闘力を高めないと!」


「ダメだ。魂を持たない魔物ならともかく、人を殺すと雰囲気が悪くなる。雰囲気が悪くなるとオレのナンパに支障が生じる」


 ユウキは誰に声をかけようか、雪が降り出しそうな天気の広場を見回しながら石版に話しかけた。シオンの大声が返ってくる。


「悪い雰囲気ぐらい我慢してよ! それに昨日の夜……本当に何もなかったんだろうね?」


「オレのナンパはな……なんていうか、自由で、救われてなきゃダメなんだ。殺人後のどよーんとした気分でナンパなんてしたくない。それに……ああ、夜の百人組手は起こらなかった」


 石版から安堵の溜息が伝わってきた。


「ふう……わかったよ。相手を殺さずに制圧する訓練の場を作ればいいんだね」


「徒手格闘の指導は、とりあえず平等院ソーラル支部長のミルミルに頼もう。あいつはずっと塔に寝泊まりしてただろ」


「うん。すでに彼女は食堂の空きスペースで組手のコツを戦士たちに教えてるよ」


「そんなところじゃ狭くてやりにくいだろ。今すぐ工事を始めてくれ。魔力はどのくらいあればいい?」


 シオンが概算のグラフを遠隔的に送ってきた。今の魔力備蓄のおよそ半分が空間拡張のために費やされるようだ。


「かなりの消費だが……仕方ないな。先手を打って準備するんだ」


「やってみるよ」


 幾日かが過ぎ、シオンの次元魔術によって塔内部に空間が拡張され、そこにゾンゲイルによって資材が運び込まれ、トレーニングルームが完成した。


 その準備は無駄にはならなかった。塔の戦士たちが徒手での制圧技を学んだ翌日、剣士の集団が塔を襲撃してきたのである。


「闇の塔の邪悪な魔術師の首を取って名を挙げろ!」


 そう叫んで剣を振り上げ塔に殺到してくる数十人の剣士、その一人も殺害することなく制圧することができた。


 もし制圧技を学んでいなければ必ずや死人が出ただろう。


 塔六階の司令室で戦場を見下ろすユウキに、現場のシオンから戦後処理について質問があった。


「で……どうするユウキ君。この剣士たち、今は動けなくなっているけど、いずれ息を吹き返すよ。」


「うーん、どうしたものかな」


「そうだ! ゾンゲイルに頼んでこっそり裏で処理してもらおうよ。彼女なら人を殺してもなんとも思わないから雰囲気は悪くならないよ」


「俺の雰囲気が悪くなるんだよ! とにかく殺さないで、剣士たちは縄で拘束して空いてる小屋に詰めといてくれ。夜に俺が女体化して接近してみる。そのときお前の『魅了』が通りそうだったら魅了してくれ。魅了が通らないやつは明日にでも目隠ししてポータル経由でソーラルの司法機関に渡そう」


 シオンはやれやれと溜息を吐いた。


 計画通りに戦後の処理を終えたユウキは翌日、メンバーに告げた。


「みんな、よくやったな。だがこれからさらに人間の敵が増えてくる。というわけでミルミル先生、本格的に技の指導をよろしくお願いします」


「わかったわ。私がみんなに不殺技の稽古をつけてあげる。その前に平等院ソーラル支部からトレーニング器具を運び込むのを手伝ってちょうだい」


 手が空いている者によって、休業状態の平等院ソーラル支部から、巻藁、ベンチプレス、サンドバッグ、木人などのトレーニング器具がポータル経由で塔に運び込まれた。


 訓練効率が大きく向上したトレーニングルームで、戦闘員は武術家ミルミルの指示に従って基礎体力を高め、互いに組手をして非殺傷制圧スキルを学んでいった。


 ユウキもひたすらナンパをしてその技を高めながら魂力を溜めていった。


 また、ナンパで仲良くなった者たちを次々と塔の戦闘員に勧誘していった。弓使いのガーデニア、ダンサー兼暗殺者のユリエルらが、新たに塔の非常勤戦闘メンバーとなった。


 一方、これまで非常勤として働いていた女戦士マリエンから、フルタイムの戦闘員となりたいとの申し出があった。


 ユウキは水着状の鎧を着たマリエンと常勤戦闘員の契約を交わすと、シオンに塔の住居の拡充を頼んだ。


「まだ部屋は余ってるよ」


「いいや、このあとさらに常勤が増える気がする。先手を打って五部屋くらい増やしておいてくれ」


「簡単に言うけどね、塔に住む人を増やすってことは、塔のインフレが圧迫されるってことなんだよ。今でさえ螺旋階段は渋滞しているし、暖房も給湯も出力不足で苦情が上がってるんだ」


「魔法でなんとかなるだろ」


「ならないよ! 何をするにも設計が必要なんだ。非効率な設計で塔を拡張したら、この先、膨大な魔力損失を招くことになる」


「ヤバいな。なんとか効率的に、美しさと実用性を兼ね備えた設計図を造って塔を拡張してくれ」


「僕は魔術師だ。そんなスキル持ってないよ!」


 それは確かにその通りである。


 ユウキはアドレス帳をめくると、設計スキルを持っていそうな知り合いを探した。すぐに見つかった。


「設計といえばノームの技術者、ルーファだ! ……もしもし、ルーファか。オレオレ、ユウキだけど覚えてるか? 実はちょっと頼み事があって、闇の塔の改修の設計を……なに? 面白そうだから今日から来るだと?」


 ゴーグルをかけたノームの少女を闇の塔に案内すると、ルーファは忙しく螺旋階段を上り下りしながら改修のアイデアをノートにまとめていった。


 闇の塔という魔術的ガジェットが溢れる環境が居心地良かったのか、あるいは発明と設計という自分の才能が活かせることが嬉しかったのか、ルーファはそのまま塔に住み着き、闇の塔の拡張設計を一手に引き受けるようになった。


 ルーファが書いた設計図をシオンが建築魔法によって具現化し、ゾンゲイルの各ボディが資材の搬入や細かい手作業を高効率でこなしていく。


 すぐに塔の収容人数は二倍になり、温水が二十四時間利用可になるなどインフラも安定化されつつアップデートされた。


 そんなある日のこと、ラチネッタが塔を離れた。


「こんな忙しいときにごめんだべ。猫人郷の村長から連絡があって、どうしてもソーラルで会わねばならんのだべ」


 どうやら実家関係の仕事が入ったらしい。


「二三日で終る用事らしいから、それまでなんとか、おらなしで持ちこたえてほしいべ」


 ラチネッタはユウキらに心配そうな顔を向けながらポータルを潜って姿を消した。


 さらにアトーレも塔を離れた。


「臨時評議会から招集命令が届きました。私が行かねばなりません」


 かなり深刻な顔をして、手元の書類を眺めている。


 どうやら暗黒戦士として何やら重大な使命を授かったらしい。


「数日で終わる任務のようである。我が戻るまで、ゾンゲイル殿……塔とユウキ殿の守りを頼む」


 アトーレは暗黒鎧を着込むとそう言い残してポータルを潜った。


 その入れ替わりにポータルから司書のモモカが現れた。


 モモカはユウキに金の箔押しによって繊細に飾られた封筒を手渡した。


「姉からです。『こんなルートでお渡しすることになり、期日も急なのですが、秘密を守るためです。申し訳ありません』って謝っていました」


「姉って言うと、市長代理のユズティだな」


 ユウキは封蝋の押された封筒の宛名を見た。


『闇の塔のマスター』宛となっている。


「なんだ、シオン宛か。おーい、シオン、手紙だぞ」


「僕に? 珍しいな……ええと……これは……」


「なんだ? 何が書いてあるんだ」


「千年ぶりに『七英雄の円卓会議』が開かれるらしい。その招待状だよ」


 シオンは深刻な顔でユウキを見上げた。


 *


「そう言えばこの三人で出歩くのは初めてだな」


 ユウキはシオン、ゾンゲイルと共に夕暮れのソーラルを歩いていた。


 春は近づいているものの、今日は寒波がソーラルを襲い、大雪が降っている。


 日が暮れつつある灰色の並木道を、マフラーを巻いたシオン、あたたかそうな毛皮のコートを羽織ったゾンゲイルと共に歩く。


 市庁舎に続く石畳や、冷たく吹き抜ける風に揺れる並木の枝に、雪が積りつつある。


 三人の足跡がソーラル市庁舎へと続いていく。


 音を吸収する降雪の中、小さな雪だるまを作って軒先に並べていく子どもたちや、商店の明かりを付ける店員たちの姿を、シオンは物珍しそうに眺めながら小声で呟いた。


「生きてソーラルに来られるなんて、思ってもみなかったな」


「今度は暖かい日に遊びに来ようぜ。そうだ、一緒にナンパでもするか」


「ははは、やめとくよ……いや、せっかくだから、やってみようかな」


 いつかなんて辛気臭いこと言わないで、今すぐやろうぜと、いつもの噴水広場に向かいたくなったが、このあと会議の約束が控えている。


(各国の代表者だか、お偉いさんだかが集まる会議らしい……さすがに遅刻はダメだろうな)


 ということでユウキはナンパ欲を押し殺し、粉雪の向こうにその威容をそびえている市庁舎に向かって歩き続けた。


「ずっと見張られてる……大勢の兵士に」


 数歩後ろを歩いていたゾンゲイルがユウキに近づくと耳打ちしてきた。


「気にするな。オレらが無事、市庁舎に付くよう守ってくれてるんだ」


 あるいは逃げ出さないように見張っているとも取れたが、口には出さない。


 ゾンゲイルはまた数歩離れた警護位置を取って後ろをついてきた。


「…………」


 なんとなく今日はソーラル全体にものものしい雰囲気が漂っているのが感じられる。


(こんなことなら星歌亭に迎えに来た魔導馬車に大人しく乗るべきだったか)


「いや……まあいい。ゾンゲイル、警護はいいから、よかったら隣に来ないか」


 ゾンゲイルはコートの下のロングソードに手を置きながらではあったが、ユウキの隣に並んで歩いてくれた。


 すれ違う旅人たちは暗い顔をしている。ソーラル名物の出店や屋台もその数を減らしている。


 木枯らしが吹きすさぶ冬の夕暮れを三人は時間をかけて歩いていった。


 他の二人はどう思ってるかわからないし、暗く寒く長い道であったが、ユウキはこのとき二人と並んで歩けたことを嬉しく思っていた。


 *


 市庁舎に近づくにつれて多くの衛兵の姿が目につくようになってきた。


 馬車停めには幾台もの魔導馬車が駐車している。


 すでに開庁時間を終えて正門は閉じられているのに、庁舎の周りには等間隔に武装した衛兵が立ち並んでいる。


 ユウキたちが近づくと、衛兵は正門を開けて一行を裏庭へと導いた。


 ほぼ完全に日が落ちた裏庭の暗闇に『邪竜参拝所』がその禍々しいシルエットを浮かび上がらせていた。


 一行は衛兵に導かれ、『邪竜参拝所』と『初代市長を称える碑石』の前を通り過ぎ、くすんだ煉瓦造りの古代館に入った。


 そして案内されるまま地下の『初代市長の霊廟』のドアを潜る。


 すると霊廟内には見知った女性がいた。市長代理のユズティだ。


「闇の塔の皆さま。『七英雄の円卓会議』にようこそお越しくださいました。他の皆さまはすでに円卓にてお待ちです。こちらにどうぞ」


 ユズティは霊廟の奥の書棚に向かった。


「こちらに、って……そこは霊廟の行き止まりだろ」


 だがユズティが書棚の本を特殊な順番で出し入れすると、棚が横にスライドしてその奥に邪竜の意匠が彫り込まれた古い扉が現れた。


「これより会議の終わりまで、衛兵の皆さんはここを厳重に警護するように。それでは闇の塔の皆さん……行きますよ。古き竜の扉よ、我ら七英雄にまつわりし者たちを、伝説の円卓へと導き給え」


 ユズティが『竜の扉』を開けると、ポータル特有の超次元光が溢れ出した。


 扉の隙間に身を滑り込ませたユズティに続いて、連れの二人と共にユウキは扉を潜った。


 魔術的な空間移動に伴う意識の空白と、それに続いて現れた巨大な空間に満ちる光がユウキを打った。


 その光にわずかだが目が慣れて来ると、まず最初に目に入ったのは、木製の円卓と、その後方の壁に飾られた巨大な七枚のタペストリーだった。


 隣に立つユズティが、色あせたタペストリーを一枚ずつ指差しながら唱えるように告げた。


「七英雄の円卓にようこそ。まずはしきたり通り、祈りを捧げてください。かつて闇の女神と戦いし七英雄に。第一の英雄は鉄壁の如きドワーフの戦士、ライタン」


 隣のシオンの作法を真似てユウキはタペストリーに祈りを捧げた。ユズティが次々と英雄の名を呼んだ。


「第二は風より速い猫人の盗賊ミカリオン。第三は荒ぶる野蛮オークのボズドム。第四は名と命を捨てた暗黒戦士。第五は高潔なる聖騎士ライフ。第六は永遠の冒険者エクシーラ。そして第七の英雄は魔術師エグゼドス。七英雄よ、我らに力をお与えください」


「我らに力を……」


「わ、我らに力を……」


 シオンと共に祈りを終えたユウキが目を開けると、タペストリーの下の円卓に、見知った者の顔が見えた。


「ラチネッタ? それにアトーレも……」


「伝説の英雄にまつわる者たちが今、この円卓に千年の時を経て集ったのです。それでは始めましょう、破滅に瀕した世界を救うために、七英雄の円卓会議を!」


 ユズティの号令とともに会議が始まった。

いつもお読みいただきありがとうございます。

次回更新は2週間後の12月17日あたりになる予定です。ぜひ次回もお読みください。


マンガワンで連載中の漫画版『異世界ナンパ〜』もよろしくお願いいたします。

https://manga-one.com/title/1581

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