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センターウェイ

 闇の塔の食堂で、ユウキは食卓に顔を伏せたまま、もそもそと朝食を口に運んだ。


 本来であれば爽やかであるべき早朝だが……今朝は食卓に澱んだ空気が立ち込めている。


 視界の隅にチラチラと映る関係者の表情も暗い。


 シオンの顔には、いつ塔が崩れ落ちるかわからないことへの恐れが滲んでいる。


 ラチネッタは銀のスプーンをポケットに入れては、それをまたテーブルに戻すという行為を繰り返している。自らの盗癖と戦っているのだろう。


 暗黒戦士らは高濃度の欲求不満が生み出す重々しいエネルギーを周囲に放射している。それを浴びるだけで呪われそうだ。


 ゾンゲイルはというと、いくつものボディを並行して動かし、料理と給仕を同時にこなしているが、おはようと挨拶しても小さな声しか返ってこない。顔を赤らめつつ、何度も皿を落としたり、自分のボディ同士でぶつかって転んだりしている。


 そんな中、女戦士マリエンだけが平常心を保っているように見える。


(昨夜のゴタゴタに関わっていないから当然か)


 昨夜、女戦士は戦闘でのびのびと体を動かしたのち、ヒーリング能力を持つ塔の裏の温泉に入ったことで、かなりぐっすり眠れたらしい。


 食後、満ち足りた顔をしている女戦士にユウキは声をかけた。


「あの。今夜も助っ人に来てほしいんだが」


「う、うむ。今夜も私の力を貸そう。今夜だけと言わず長期で契約することも可能だぞ」


「それは助かる。さっそく契約書を作ろう。シオン、契約書のテンプレートはないか?」


 シオンは事務室から闇の塔に伝われる契約書の雛形をいくつか持ってきた。


 魔術師は邪悪なオーラを放つ雛形をユウキに私ながら、ひっそりと耳打ちした。


「不利な条項をこっそり忍ばせたものから、魂を縛る奴隷契約書まで、いろいろあるよ。ふふ」


「……対等なやつで頼む」


「大丈夫なのかい。塔にお金の余裕はないんだよ」


 シオンはそういいつつもプレーンなオーラを放つ雛形を渡してきた。


 ユウキはそれをもとに契約の細部を女戦士と協議した。女戦士は言った。


「金銭に関しては不満はない。ただ、戦闘が夜遅くに及んだ時は、昨夜のようにゲストルームを使えることを条項に盛り込んでくれないか」


「そうだな。もとから自由に使ってもらうつもりだったが、文面に残しておいた方がいいな」


「それと……泊まった翌朝はこんなふうに朝食を提供してもらえるとありがたい」


「わかった。食べ放題も契約に盛り込んでおこう」


 その内容で契約書を二通シオンに作ってもらい、そこに女戦士のサインをもらう。


「あとは塔主のサインだ。シオン、頼む」


「細かい事務仕事はユウキ君に委任するよ」


 そんな適当に権限移譲して大丈夫なのかと心配になったが、ただ力のみを求めて研究生活を送ってきた魔術師は、細々とした事務仕事は苦手なのだろう。


 ユウキとしても得意ではないが、シオンにこれ以上のストレスをかけることは闇の塔の戦闘力低下に繋がるため避けたい。


「じゃあオレが塔主代理として契約書にサインしておくぞ。お前は塔の保守とか、攻撃魔法の研究とか、その類のことをしっかりやっておけよ」


「わかってるよ、うるさいな」


 そのとき皿を片付けていたゾンゲイルが、こちらに目を向けた。


 スキル『共感』を使うと、ゾンゲイルから『羨望』という感情が伝わってきた。


 仕事を言いつけられたシオンに、どうやら羨ましさを覚えているらしい。


「…………」


 ユウキは塔の空気をよくするため、ゾンゲイルにも仕事を言いつけることにした。


 他者に命令することはやはり苦手だったが、それでゾンゲイルの気が晴れるなら……。


「チェンジ、パーソナリティ・テンプレート。ハーミット・トゥ・エンペラー」


 ユウキは人格テンプレートを自分の基本人格である隠者から皇帝へと変えた。肚に力がみなぎり、他者への影響力が強まるのを感じた。


 その状態でゾンゲイルに声をかける。


「ゾンゲイル……お前にも仕事を命令するぞ」


 瞬間、ゾンゲイルの表情が輝いた。


「今日も全力で働いてくれ。掃除、洗濯、塔の修理と星歌亭への出稼ぎ……頼んだぞ」


「私、頑張る!」


 *


 そんなこんなで関係者は各自の仕事に出ていき、女戦士もソーラルに帰っていった。


 ユウキもソーラルにナンパに出たかったが、その前に塔のコンディションをチェックしたかった。


 ユウキは螺旋階段を登ると、途中、塔主の部屋に寄り、昨夜のように叡智のクリスタルで未来予知を見せるようシオンに頼んだ。


 机に向かっているシオンは迷惑そうな顔で振り返った。


「僕は忙しいんだ。君が自分でやりなよ」


「オレは魔法使いじゃないんだ。クリスタルなんぞ使えるか」


「もう『生命のクリスタル』を使ってるじゃないか。似た要領で使えるから試してごらん。シオン・エグゼドスの名において、塔の全クリスタルの使用権限を君に与える」


 シオンがそう言うと、ユウキの塔主の指輪が淡く輝いた。どうやら権限が付与されたらしい。


 仕方なくユウキは一人で塔の螺旋階段を登ると、第六クリスタルチェンバー『司令室』に入り、祭壇に置かれたクリスタルに向かった。


 とりあえず口頭で命令してみる。


「え、叡智のクリスタルよ。塔のエネルギーレベルをグラフに描いてくれ」


 瞬間、『司令室』の壁面と空中に各種のグラフが浮かび上がった。


「おお、意外に使えるもんだな。いろいろ詳しく見てみるか。叡智のクリスタルよ、『塔の雰囲気』のグラフを拡大表示しろ」


 その命令によって表示されたグラフは、今朝、塔に満ちていた重い雰囲気が、今は小康状態にまで回復していることを示していた。どうやらゾンゲイルの気分が安定したことが全体に影響しているようだ。


 しかし折れ線グラフの先を見ると、塔内の雰囲気は数日後に危険なレベルまで悪化することがわかった。


「…………」


 ユウキは雰囲気の悪化の原因を特定するため、個々人のメンタルヘルスのグラフを拡大表示した。


 暗黒戦士のメンタルヘルスは低めで安定していた。昨夜の暗黒のチャージが効いているようだ。


 ゾンゲイルはユウキに家事を命令されるごとに精神状態が安定することがグラフから読み取れた。


 だがシオン、ラチネッタの精神状態が今後、急速に悪化していくことをグラフは示していた。


 ラチネッタは発情期が近づいて自己嫌悪をさらに深めるらしい。シオンは連日の死の恐怖と、過大な魔力チャージの繰り返しによって躁うつ病を発症するようだ。


「まじかよ……どうするんだ、これ」


 ユウキは絶望しかけた。


 だがそのとき昨夜の自分が『癒し手』を手配していたことを思い出した。


「叡智のクリスタルよ。癒し手という変数を計算に入れてもう一回、未来を予知してみろ」


 その命令に応じて壁面に投影されたグラフを見て、ユウキは安堵のため息をついた。


 どうやらぎりぎりのところでシオンとラチネッタの精神は崩壊を免れ、塔の雰囲気は安全域に保たれることが、そのグラフに描かれていたからである。


 しかしその他にも考慮すべきさまざまな変数があった。


 そういや癒し手だけでなく司書も雇うことになっているが、シオンの魔術の研究はそれによってどの程度加速するのか?


 日に日に闇の軍勢の戦闘力は増大していくが、塔の戦力増強スピードはそれに対抗できるのか?


 癒し手や司書や戦士を雇うにもお金がかかるが、塔の収入と支出のバランスはどうなっているのか?


 などなど気になることはいくらでもある。


(今日はもう夜まで未来予知を続けるか……)


 だがそう思った瞬間、塔のエネルギー総量を表す折れ線グラフがガクンと下がった。早くナンパをしないと魂力不足からの魔力不足によって塔が崩壊することが予知されていた。


 ユウキは慌てて司令室の祭壇の椅子から立ち上がった。


(ぐちぐち考えてる場合じゃないってことか。急いでソーラルに向かわなければ……)


 だがその瞬間、各種のグラフがぐちゃぐちゃに乱れた。ユウキの闇雲な行動によって、塔のエネルギーバランスが乱れ、塔が崩壊することが予知されていた。


「考えてるだけじゃダメ、行動するだけでもダメって、どうすればいいんだよ!」


 ナビ音声が脳裏に響いた。


「考えながら行動したらいいのでは?」


「そんなことできるかよ。頭がパンクしそうだ」


「では……思考の補助輪として、叡智のクリスタルをソーラルでも使えるようにしたらいかがですか?」


「そ、そんなことできるのか?」


「塔のエネルギーはソーラルに繋がっていますからね。この祭壇で未来予知を続ける叡智のクリスタルに、街からアクセスできるはずです」


「……そ、そうか。やってみるか」


 ユウキは司令室を出て螺旋階段を登りながら、スキル『集中』『想像』を発動し、心の中に白いスクリーンを思い描いた。


 さらにスキル『共感』によって遠隔的に叡智のクリスタルにアクセスした。


「私もサポートしています。さあ、叡智のクリスタルを統御してください」


「叡智のクリスタルよ……オレの心の中に、未来を描け」


 瞬間、さきほどまで司令室の空中に描かれていた未来予知のグラフが、ユウキの心の中のスクリーンに投影された。


「おお……正確な数値は読み取れないが、だいたいの情報はわかるぞ。これならナンパしながら塔のエネルギーバランスを取れそうだな」


 ユウキは塔の螺旋階段を登り切ると、転移室からソーラルに向かった。


 そしていつもの噴水広場に腰を据えると、スキル『半眼』によって心の中のグラフを注視しながらナンパを始めた。


 ナンパをする際に自らの心を光方向に振りすぎると、性欲と性機能が衰えてナンパが形骸化し、魂力が足りなくなって塔が崩壊する。そんな未来予想が心の中のグラフに表示された。


 かといって性欲をベースとしたナンパをすると、いずれ遠からず性エネルギーが放出され、それに伴って塔が崩壊する未来が予知された。


「利他の気持ちと欲望のバランスを取ることが大事だということか……」


 ユウキは光と闇に振れる自らの心をグラフに描き、その中心を保つように心がけながらナンパを続けた。


 そのように自らの心のバランスをとりながらのナンパはとても難しく、今朝は誰とも長く話し込むことはできなかった。


 だが昼まで噴水広場でナンパを続けたころ、ユウキの脳内にナビ音声が響いた。


「スキル『中道』を獲得しました」


「ちゅうどう? なんだそれは?」


「極端を離れ、自己の中心にとどまる能力です」


「中心にとどまると何かいいことあるのか?」


「中心、そこにあなたの本質があります。上下左右にあなたを揺さぶる力の中で、自らのセンターにとどまるあなたは、真の自分を表現するでしょう。それによってあなたは他者の真実をも目覚めさせてゆくでしょう」


「それでナンパはうまくいくようになるのか?」


「……何かしらのプラスにはなるのでは」


 ユウキはさっそくスキル『中道』を発動した。


 すると自己のエネルギーに調和をもたらすために今なすべき行動がわかった。


「腹減ったな……何か食べるか」


 ユウキは喫茶ファウンテンに入るとランチセットを注文した。

いつもお読みいただきありがとうございます。

本作はマンガワンでもコミック版が連載中です。ぜひそちらもお読みください。

https://manga-one.com/title/1581

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