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襲撃

遅くなりましたが続きです。

 様々な紆余曲折がありつつも、最終的にムコアとミズロフは暗黒チャージに成功したようである。


 彼女らはいそいそと超絶VIPルームを出ていった。


 また、ユウキは『解呪』スキルを得ることはできなかったが、別のスキルが身についた。


 ひとりになりベッドに転がるユウキの脳裏にナビ音声が響いた。


「『雰囲気作り』のスキルを獲得しました。場の雰囲気を知覚したり、それを操作して上書きするスキルです」


「雰囲気作り、だと? なんでそんなスキルが手に入ったんだ?」


「先ほどユウキは『自分には伸び代がある』という前向きな雰囲気をこの場にセッティングしました。その結果です」


「なるほど……だが『雰囲気』なんて漠然としたものが、何かの役に立つのか?」


「以前、闇の塔が樹木の妖魔に襲われた際、ユウキは『自己犠牲』の雰囲気を除去しましたね」


「おお、懐かしいな」


「あのときユウキが場の雰囲気を変えたことで、自己犠牲が生じるルートから、全員が生存するルートへと運命が移り変わったのです」


「ってことは、『雰囲気作り』によって運命を操れるってことか?」


「ええ。暗い雰囲気を持つ個人や組織に待っているのは暗い未来ですが、その逆も然りということです」


「ま、まじかよ……」


『雰囲気』なるものにそこまで大々的な効果があるとは、にわかには信じがたい。

 

「だがまあ……少なくともナンパには役立ちそうだな。オレの生活改善にも使えそうだ」


 思春期以降、ユウキは特に訳もなく将来に悲観的になり、暗い気分になる時が多々あった。


「そんなときオレは『暗い雰囲気』に飲まれてしまっていたのかもしれないな」


「ですね」


 だが『雰囲気作り』のスキルがあれば、暗い雰囲気を明るい雰囲気に書き換えることができるかもしれない……。


「よし、適宜使っていこう」


 ユウキはiPhone上のメモ『スキルリスト』に『雰囲気作り』を書き加えた。


 それから超絶VIPルームのベッドでゴロゴロした。


 *


 昼にはムコアとミズロフがランチを持ってきてくれた。


 食べて寝た。

 

 三時頃にはティーセットがワゴンで運び込まれた。


 ムコア、ミズロフを話し相手にお茶を飲み、ソーラル名物ゴモニャのモコロンをかじり、その後に昼寝した。


 大量の人格インストールの影響で、ユウキの脳神経が再編成の時間を求めていた。いくら寝ても眠い。まだまだ眠れる。


 もうすぐ日が暮れるが、このまま明日の朝まで寝てしまおうか……と思ったところで窓の外が騒がしくなった。


「なんだよ、うっさいな」


 目を擦りながらベッドから起き、カーテンの隙間から夕陽に染まる屋外を見る。


「ん? あれは……オーク?」


 ソーラル迎賓館の見事な庭園の向こうに頑丈そうな正門がそびえている。


 その鉄柵の向こうにオークの集団が集まっていた。


 大声で門番と押し問答しているのが聞こえてくる。


「門を開けろ。俺たちは大オーク帝国儀仗衛兵隊だ」


「予定にない訪問に門を開けることはできません」


 するとオークたちは門にショルダータックルを始めた。地響きのごとき音が響き、超絶VIPルームの窓が揺れる。


「ははは……なんだあれ」


 非現実的な風景に思わずユウキの口から乾いた笑いが漏れた。


 オークがタックルするごとに門はひしゃげていき、ついに蝶番がはじけ飛んだ。


 倒れた門を踏み越え、オークたちはソーラル迎賓館の庭園へと雪崩れ込んできた。


 門番は衛兵詰所に向かって駆け出した。


 そこでユウキの現実感がわずかではあるが回復した。


「ま、まさか……オークが襲ってるのか……このソーラル迎賓館を?」


 確かにエクシーラは、姫騎士を襲撃する陰謀が水面下で進行中であると言っていた。


 だがそれはエクシーラの考えすぎだと思っていた。


 人間、孤独なまま歳をとると、パラノイアになって陰謀論にハマりがちである。


 Twitterにはその手の人間が山ほどあふれている。


 エクシーラにもその類の症状が現れているに過ぎないと思っていた。


 だが陰謀は本当だった。しかも思ったより大規模な襲撃が今、オレの眼前で進行している。


「ま、まじかよ……」


 詰所から何人もの衛兵たちが飛び出てきたが皆、オークのショルダータックルに藁人形のように跳ね飛ばされて気を失った。


「ちょ、これはやばいんじゃないのか」


 先ほどまでこのVIPルームで楽な半裸姿でゴロゴロしていたユウキだったが、慌てて服を着て仮面をかぶった。


 そこにムコアとミズロフが飛び込んできた。


「ユウキ殿、避難だ! 何を血迷ったか百人のオーク儀仗衛兵隊が攻め込んできおった!」


 窓の外からオークたちの雄叫びが響いてきてVIPルームの床を震わせる。


「うおおおおお! 迎賓館を包囲しろ! 姫騎士を探せ!」


「なんと野蛮な獣たちか!」双子は吐き捨てた。


「オーク儀仗衛兵隊……オレが会ったときは紳士的で優しくて、あんな野蛮な感じじゃなかったが……」


「しょせんオークなど何を考えているかわからぬ獣だったということだ。早くこちらに!」双子の暗黒戦士はユウキの手を引いた。


「でも逃げるって、どこに逃げるんだよ。もう包囲されてるんじゃないのか?」


「裏口から我らが出て突破口を開くゆえ」


「いや……それは無理だろ。あんたたちじゃせいぜいオーク五匹を相手にできるかどうかってところだな」


 闇の塔での戦闘経験が役立っているのか、意外にも冷静に状況を観察できた。この戦力比ではまともに戦って脱出できる状態ではない。


 それよりも……なぜオーク儀仗衛兵隊がこんな異常行動を急に起こしたのかを考えるべきではないか。


 オーク儀仗衛兵隊と言えばオークの中でも相当なエリートであり、モラルも高い部隊だったはず。


 それなのに窓の外からは理性を喪失したかのような下品な雄叫びが聞こえてくる。


 カーテンの隙間からちらりと外を覗くと、かなり近い場所に儀仗兵隊長の姿が見えた。


 バリケードを破ろうとして率先して玄関の戸に拳を振り下している。


 先日、ユウキが道で出会った時は紳士的で優しく、もしオレが女だったら惚れそうなオーラを出していたあの隊長が……今は目を血走らせて鉄球のごとき拳を玄関に打ち付けている。


 道具を使うという知恵すら忘れた野獣じみた形相である。


 ユウキは激しい違和感を覚えた。


「なんかあいつら……正気じゃなくないか?」


「う、うむ。言われてみれば確かに」


「あいつらと戦うよりも、あいつらを正気に戻すことを考えた方がいいかもな。そのために……まずあいつらが狂った原因を探ろう」


 そうは言っても魔術師でも有識者でもないオレにできることと言えば、せいぜい勘を頼りにすることぐらいだ。


 ユウキは勘を鋭くするために、『女神官』の人格テンプレートを活性化してみた。


 さらにこの場の雰囲気から情報を読み取ろうとして、スキル『雰囲気作り』と『半眼』を発動してみた。


 その状態で窓からぼんやりとオークたちを眺めてみる。


 百人ほどもいそうなオークたちはソーラル迎賓館の壁や玄関を殴り続けている。


 その機械的、ロボット的な動きには、なんとなく見覚えがあった。


「あの動き……塔を襲うアンデッドたちに似てるな」


「アンデッドというと……なんらかの死霊術が関わっているかもしれぬということか?」


「そうかもな……いや、きっとそうに違いない。なんとなくこの場に、いつか塔を襲ってきた死霊術師の雰囲気を感じる……」


「なんと……ではその死霊術師が近くに潜んでオークどもを操っていると?」


「たぶんな。ちょっと塔の力で探ってみるか」


 ユウキはスマホで闇の塔のシオンに連絡を入れた。


「もしもし」


「なんだいユウキ君」


「ちょっと頼みがあるんだが……闇の塔の広域スキャンで、ソーラル迎賓館の近くで強い魔力が放出されてないか探ってくれ」


「もしかして……急ぐのかい?」


「ああ、緊急事態だ」


 瞬間、シオンが第五クリスタルチェンバーへと短距離転移し、叡智のクリスタルを操作したのが感じられた。


 そして一呼吸おいて、二次元イメージが遠隔送図されてきた。


 近隣の地図にひとつ赤い光点が輝いているイメージがユウキの脳裏に表示される。


 強い魔力の発生源を表すその光点は、ソーラル迎賓館の裏に広がる雑木林の奥で輝いている。

 

「見つけたぞ……やっぱり裏口から出よう」


「しょせん我ら双子の力ではせいぜいオーク五匹を相手にできる程度ではないのか?」


「根に持つなよ。裏の雑木林の奥に、オークを操ってる死霊術師がいるらしい。そいつを倒せばオークたちは正気に戻るはずだ」


 ユウキは暗黒戦士を引き連れて超絶VIPルームの外に出た。


「シオン……魔力発生源までのルートを教えてくれ!」


 そうスマホに叫ぶと、すぐに脳裏にシオンからのナビゲーションが表示された。


「あっちだ、行くぞ!」


 地震のように揺れ続ける迎賓館の廊下を駆け出す。


 パニックに陥った職員たちが右往左往する中をすり抜け、双子の暗黒戦士とともに裏口を目指した。

お読みいただきありがとうございます。

久しぶりのアクションシーンということで気持ちよく書けました。

次回更新は金曜です。


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