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『魔術師』への道

 風邪薬を各方面から調達したあと、ユウキは平等院ソーラル支部に向かった。


 そして汗を流してパンチキックを繰り出した。


 やがて夜の格闘練習は滞りなく終わった。


 かなり女体の操縦に慣れてきた気がする。男性時のおよそ八割の力と持久力で動けている感がある。


「はっ! せいっ!」


 掛け声とともに空手の残心風の動作をする。道場の鏡に映る自分の姿が美しく見惚れてしてしまう。


 不安の種であるシオンはというと、さらに体力を得たのか前回より余裕を持って練習の終わりまで立ち続けていた。


 練習後、支部長のミルミルがシオンに言った。


「シオン君。まだずいぶん弱々しいけど、なんとか基本動作は覚えたみたいね。いいでしょう、百人組手への出場資格を与えるわ」


「や、やったよ……これで塔への襲撃を止められるかも……」


「ん? 何か言った?」


 シオンはぶんぶんと首を振った。ミルミルは二階の事務所から書類を持ってくると闇の塔の一行に渡した。


「こっちは百人組手のルール。こっちは申込書。これはペン」


 申込書には免責事項が書かれていた。


『百人組手で生じる身体的不具合や生命現象の消失など、あらゆる不具合について平等院は責任を負わないものとする』


 その書類に同意のサインを入れてミルミルに返す。


 そのあとでユウキは強い不安に襲われた。


「やばいものにサインしてしまった……」


 塔でも毎晩、防衛戦が行われている。だがその戦いでは前線に立つわけでもなく、後方からゲーム気分で眺めているだけである。


 だが百人組手ではこの拳一つで物理バトルをせねばならない。


 親にも教師にも殴られたことなどないというのに……! 


「こ、怖すぎるだろ……今度こそ死ぬんじゃないのか、オレ」


「ユウキは死なないわ。私が守るから」


 ゾンゲイルがタオルでユウキの汗を拭きつつそう言った。


「暗黒戦士の意地にかけて私が皆を守ります!」


 鎧を着ていない剥き身のアトーレが素の口調で言った。


「オラも守るから安心するべ!」


「僕も守るよ……はあ、はあ……」

 

 ユウキは多少の安心を得た。


 だが平等院から塔に帰る途中、ソーラルの大通りを歩く巨体の集団とすれ違った。


「なんだありゃ。ボディビルダーの団体か?」


 アトーレが解説した。


「大オーク帝国の軍人たちです。何かを探すように足早に歩いてますね」


 なるほど、あれがオークか。


 下顎から牙が伸びており、額に角が生えている。


 そのような巨体の集団が物々しい軍服に包まれて夜道を歩いている。


「それにしても、よその国の軍人がなんでこの街にいるんだ?」


「ハイドラと大オーク帝国の関係修復のための儀式が、近いうちにこのソーラルで行われます。そのために来ているのでしょう」


「ふーん……うおっ!」


 遠くのオークの団体を見ながら歩いていると、正面から歩いてきた別のオークに思いっきりぶつかってしまった。


 コンクリートの分厚い壁にぶち当たったかのようだ。


 ユウキは大きくに跳ね飛ばされて道に転がった。


「ユウキに何するの!」


 ゾンゲイルが間髪いれずオークにショルダータックルをかました。凄まじい破裂音が響いたが、オークは動じずにその衝撃を受け止めた。


「嘘、強い……」


 ゾンゲイルから驚きの声が上がる。


 アトーレとシオンが戦闘態勢を取ってゾンゲイルの横に並んだ。


 ラチネッタは道端に転がるユウキの襟首を掴んで、建物の影に避難しようとした。


「おいおい、まじかよ……」


 街中のエンカウントによって何の前触れもなくいきなり戦闘が始まってしまうのか。


 これが異世界のリアルだというのか。


 そんなことを考えつつ頭を低くして避難していると、オークの声が聞こえてきた。


「お嬢さんたち。驚かせてすまない」


 低く野太い声だが標準語である。


「何? やるっていうの?」ゾンゲイルが腕まくりした。


「すまんな。反乱分子を追っていて脇見してしまったのだ」


「反乱分子……なんですか、それは」アトーレが聞いた。


「我らオーク儀仗兵隊はハイドラとの友好の儀式のためこの地に来ている。だがそれを望まぬオークの一群がいるのだ」


「ハンズ隊長! どうかしましたか?」大通りを早足で歩いていたオークの軍服集団がユウキたちを取り巻いた。


 ゾンゲイルと向かいあっているハンズ隊長とやらは低く命じた。


「これ以上、ソーラルのお嬢さん方を怖がらせるな。粛々と『尊王派』の捜索を続けろ」


「はっ」


 オークの軍服集団は散っていった。ハンズ隊長も去りかけたが、その背中にシオンが聞いた。


「なんなんだい? 尊王派って?」


「かつて大オーク帝国は帝王を中心にアーケロンを征服することを望んでいた……」


 安全そうなので建物の影から出てきたユウキが言った。


「まじかよ。とんでもない危険な国だな」


「大昔の話だ。だがその太古の野望を今に蘇らせようという一派がいる。それが尊王派だ」


「ふーん」


「奴らはハイドラと大オーク帝国の友好の儀式を妨害しようとして、このソーラルに潜んでいる。お嬢さん方も気をつけてほしい。尊王派は何をするかわからない。それはそうと君……怪我はないか?」


「大丈夫だ」ユウキは作業着の埃を払った。


「よかった。怪しいオークを見かけたらオーク駐屯所まで連絡をしてほしい。それでは」


 ハンズ隊長は敬礼すると去っていった。


「ふう……」ユウキはため息をついた。


 あのオーク、見かけによらず紳士的な奴だったが……。


「とんでもないパワーだったな。もしあんな奴が百人組手にいたらどうなるんだ?」


 きっとオレなど片手で簡単にねじ伏せられてしまうだろう。


 しかも相手はひとりだけでなく、集団である可能性もある。


 あんな奴らの集団を相手にすることになったら、オレはめちゃくちゃにされてしまうだろう。


「怖すぎる……」


 ユウキはオークが百人組手に出ないことを祈りつつ、塔に戻った。


 *


 塔ではいつもの防衛戦の後、来週末に控えているエクシーラとの歌バトルの準備をした。


「…………」


 自室で机に向かって考える。


『君のおかげ』はいい曲であるが、客は聞き飽きている。


 何かしらフレッシュなところのある新曲でなければエクシーラには太刀打ちできないだろう。


 だがオレに何を作れるというのか?


「…………」


 昼間は各種のコンプレックスにより精神に異常が生じ、創作活動どころではなかった。


 しかしルフローンとの謎めいた接触を経た今、なんとなく新曲が作れそうな予感がないことはない。


 だがどんな手順で作業を進めればいいのだろう?


 よくよく考えたら肝心のiPhoneも手元にない。iPhoneがなければ作曲などできようもない。


「今日はもう寝るか……」


 だが今夜、たとえわずかでも作曲作業をせねば、明日はもっと作曲作業が嫌になる。


 そうなれば明後日はますます作曲作業が嫌になり、気がつけばエクシーラとの歌バトルの当日を手ぶらで迎えることになる。


 そのようにオレはこれまであらゆる物事を先延ばしにして投げ出すことを繰り返してきた。


 そのループを繰り返さぬために今夜、なんとかしてほんの少しだけでも作曲作業を前進させたい。


「…………」


 とりあえずユウキは机から立ち上がると自室を出てシオンの部屋に向かった。


 *


「うわっ! なんだいユウキ君! いきなり入ってこないでよ」


「すまんすまん、紙とペン、貸してくれないか」


 寝巻き姿のシオンは棚から紙の束とペンとインクを取り出してユウキに渡した。


「はい、これでいいかい?」


「ああ、助かる。あ……それと、ちょっと聞きたいことがあるんだが」


「なんだい?」


「今日、自称『深宇宙ドラゴン』から『魔術師』の人格テンプレートってやつをもらったんだが」


「よくわからないな……僕はもう眠くなってきたよ」


 ユウキが『深宇宙ドラゴン』という単語を発した瞬間、シオンの瞳がうつろになった。


 まさか、人の認知力を妨害するルフローンのフィールドが、遠隔的に働いてシオンの意識レベルを低下させているのか?


 とりあえず、『深宇宙ドラゴン』という単語は発しないようにしよう。そう気を付けつつ、ユウキはシオンの肩を揺さぶった。


「おい、寝るなよ。そもそも『魔術師』ってなんなんだ? それだけ教えてくれ」


 シオンは若干、瞳の光を取り戻したように見えた。彼はベッドに腰を下ろして言った。


「……狭義の魔術師、それは僕みたいなものだよ。目に見えないエネルギー・システムを操り、望みの結果を顕現させるのが魔術師の仕事さ」


「ふんふん」


「それとは別に広義の『魔術師』というものがある。君が聞いているのは、そっちの『魔術師』のことかもね」


「多分そうなんだろうな。教えてくれ。その、広義の『魔術師』ってのはなんなんだ?」


「意図の力によってエネルギー・システムそれ自体を創造するのが、広義の『魔術師』の仕事だよ」


「なんなんだそのエネルギー・システムってのは」


「例えばこの世界のことさ」


「この世界を『魔術師』が作ったってことか?」


「そうなるね。存在するすべてのものは、誰かの意図によって作られているんだから。逆に言えば、意図によって何か新しいものを生み出す者は、誰もが皆『魔術師』であるってことになるね」


「オレは別に世界とか、そんなどでかいものを作るつもりはないんだが……」


「何を作るにしても同じことさ。まず意図を定める必要があるんだよ」


「つまりコンセプトを決めるってことか……」


「そうだね。でも新たなシステムのコンセプト……存在の目的を定めるのは難しい仕事さ」


「こ、コツを教えてくれ。オレは今、新しいものを作りたいんだ」


「ごめん。僕にはわからないよ」


「なんでだ? お前は魔術師だろ」


「狭義のね。僕たち狭義の魔術師は、すでに稼働しているエネルギー・システムをオペレートしているだけなんだ。広義の『魔術師』のように、何か新しいものを無から生み出しているわけではないんだよ」


「そこをなんとか」


「うーん……たとえば……君が人に何を与えたいかを考えれば、もしかしたらヒントが見つかるかもしれないね」


「というと?」


「あらゆる創造は、悪い効果であれ、良い効果であれ、人に何かを与えるものなんだ。だとすれば、ユウキ君は人に何を与えたいんだい?」


「オレは……」


 ユウキはこれから作る曲のリスナーのことを考えた。


 星歌亭に集う冒険者たち。


 オレは新曲によって彼、彼女らに何を伝えたいのだろうか。


「うーん、よくわからん」


「だったらユウキ君は、今、何が欲しいんだい? 自分が欲しいものを考えてみたらいい。そうすれば何かアイデアが浮かぶかもしれないよ」


「オレが欲しいもの……それは……それは……」


 ふとベッドの端に座るシオンの体が目に入った。


 横顔のライン、胸の膨らみ、とても魅力的である。


 そういった女体となんとかして一線を超えたい。


 しかし一線を越えるのは怖い。


 なんであれ初めての経験をするのは怖いのだ。


 だがオレとしては、いつかなんとかして一線を超えたい。


 たとえ怖くとも。できるだけ早めに。


 一線を超えたい。


 そう……これこそが……オレの望みだ。


「ありがとよ。わかった気がするぜ」


「あっ、ユウキ君……もう行くのかい……」


 シオンの声を背後に残し、ユウキは紙と筆記用具を片手に自室に戻った。


 そして自室の机に紙を広げ、そこにペンで大きく新曲のコンセプトを書き込んだ。


『初体験 〜怖いけど、きっと平気〜』

いつもお読みいただきありがとうございます。

次回更新は明日、火曜の予定です!

ぜひ続きもお読みください。

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[良い点] ゾンゲイルが綾波のセリフ言ってる! って思ってたけど、この新曲のタイトルに全てを持っていかれたw
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