再びのスペースコロニー
俺は知らない間に上半身だけをベッドに投げ出して寝ていたようだ。
そこに部屋の扉をたたく音が。
俺は眠い目をこすりながらやっと体を起こして部屋の扉をたたく人を中にいれた。
「ああ、何だ。
中に入れ」
艦長室にやって来た副長のメーリカ姉さんだった。
「お疲れのご様子ですが大丈夫ですか」
「ああ、大丈夫だ。
ちょっと事務仕事でストレスがたまっていたもんでかなり疲れたよ。
だからなのか知らない間に寝ていたようだな。
あのタイムセールの報告書の件で、俺も相当頭に来ていたんだろうな」
「ああ、あの件ですか。
でも流石にそれであの就学隊員を叱る訳にはいきませんよね」
「叱るどころか褒めておいたよ。
絶対に無駄にしない気持ちは大切だからな。
その気持ちを守るためにも俺たちが頑張らないといけないかな」
「ご立派です、艦長」
「それよりも何か報告でも」
「ハイ、もうじき目的のコロニーに着きますので呼びに来ました」
「そうか、なら艦橋に行こうか」
「ハイ、既に当直の権限で艦内モードは変えてあります」
「ああ、ありがとう」
俺はメーリカ姉さんと一緒に艦橋に入っていった。
艦橋では既に目的のスペースコロニーの管制官と交信中で寄港態勢に入っていた。
惑星上に着陸する訳でないので、艦橋内もそれほど緊張はしていない。
みんな慣れたものだ。
それでも一応寄港時には全乗員が部署について仕事をすることになっている。
当然、それには艦長も艦橋で指揮することになるが、スペースコロニーなどの無重力状態の空間にある施設への寄港作業は今ではどの艦も当直士官の指揮だけでことがなされている。
『シュンミン』も例外でなく、艦橋に集まった全士官の見守る中で当直士官が指揮していた。
「港内進入許可を確認。
微速前進」
俄か士官の多い『シュンミン』だが、流石に皆、慣れた作業となっており、安心してみていられる。
こういったこまごました作業の経験は、下手をすると恩賜組のカリン少尉が一番少ないかもしれない。
尤もそれも直ぐに埋め合わされるだろうが、とにかく出撃回数と時間のわりに士官が少ないために直ぐに経験値だけはたまるのがこの艦の利点だ。
「『シュンミン』の完全停止を確認。
エンジンを待機モードへ」
「待機モード確認」
「艦長、コロニーからチューブの接続を確認しました。
ハッチを開けます」
俺はここに帰ってきた。
誰に格好を付けているか分からないが、ちょっとばかりハードボイルド風に心の中で言ってみた。
確かにここには良い感情は持てない。
色々と思うところはあるが、気持ちを切り替えて………あ、そう言えばあいつらに説明しないでここを離れたんだわ。
まだここの管理は軍もしていたはずだし、今更マークと会っても何だか言われそうで面倒な気もする。
でも、マークに会えばきちんと説明だけはしておこう。
尤もマークの父親には俺らの状況は話してきたばかりで、そこから聞いているかもしれないが、約束だけは守らないとな。
そう思いながら俺はカリン先輩を伴ってスペースコロニーのポートに入った。
チューブを抜けた先には当然のように軍が警戒態勢で待機している。
その兵士たちに交じってマークが立っていた。
「艦長、またお会いしましたね」
こいつは完全に俺をからかいに来ていた。
いや、皮肉か。
俺が説明する約束を守らずにここを離れたことを根に持っているのだろう。
「やあ、マーク准尉。
また世話になる。
で、ちょっと私用だが、後で少し時間をとれないか。
前に約束したように俺の境遇だけでも説明しておきたい」
「3時間後に交代になります
交代すれば自由が利きますから、それでも大丈夫ですか」
「ありがとう。
では後程」
「艦長、私事は後にしてください。
で、マーク准尉。
すみませんが私たちの入館許可を」
「あ、え?
カリン先輩ですか……」
マークがまた慌ててルーチンのような処理をせずに声を上げたのを士官学校当時の先輩でもあるカリン少尉が睨むように窘めた。
「准尉。
仕事をしてください」
「え、あ、すみませんでしたカリン少尉。
え~と、広域刑事警察機構設立準備室所属艦『シュンミン』の入港を認め、その乗員のここへの入館を許可します。
ただし、入館される場合にはあらかじめその者の氏名・階級など必要事項の申請が必要になります。
ご注意ください」
「分かりました」
「ではナオ艦長及びカリン少尉の入館を私の職責により許可します」
「ありがとうマーク准尉。
では私たちを中央管理室まで案内を頼めますか。
ここに滞在中のトムソン捜査室長との面会を希望します」
カリン先輩とマークの非常にお堅い会話を横で聞いていた。
なんだかめんどくさい。
俺たちは知り合いだし、ここってまだ所属すら決まっていないいわば宇宙空間と同じような位置づけの場所なのだから、それこそ『や~』とか『こんにちは』とか言って終わりにすればいいのに。
まあお堅い軍ではできない相談か。
俺らはマークについて中央管理室に向かった。
俺は来たことがあるので一人でも行けるのだが、そう言えばカリン先輩は初めての場所になる。
だから案内を希望したのだろうな。
途中何人もの同期の顔を見たが誰も俺には気が付かない。
それよりも恩賜組のカリン先輩の顔を見て驚いていた。
ここを管理している軍で今残っているのは、最初にここに来た第一機動艦隊補給艦護衛戦隊だけの様で、この戦隊はそもそも教育目的のための戦隊の位置づけになっており、そのためここで現場経験を積んだものから順にそれぞれのコースに沿って転属していく。
そのため、ここに残っているのは経験を積んでいる者たちばかりとなる。
当然先輩たちはとっくにここでの研修を終えているはずなので誰も居ない。
皆、ここを卒業してそれぞれの部署に配属されていった。
俺らの先輩格を探すとすれば帝都のエリート士官養成校ではない他の士官学校出身の人たちだけになる。
それだけに先輩がここに居ることが非常に珍しく感じて色々と詮索を思いめぐらせている様だった。
「先輩、注目されていますね」
「ええ、今の補給艦護衛戦隊には私の同期はおりませんから。
そんなくだらない事よりも仕事が優先です、艦長」
俺の軽口で、先輩から怒られた。
いっそのこと立場が逆ならいいのにと何度思ったことか。
それでも仕事が優先なのは当たり前のことだ。
俺と先輩は中央指令室内のミーティングスペースで、捜査室長のトムソンさんと意見交換を始めた。
結論から言うと、最後まで残った捜査室の面々でも探し出せた資料は王国の暗部、汚職やそれ以上のおぞましいことの証拠ばかり。
俺らが捜しているシシリーファミリーの動向を示すようなものは一切見つけられなかった。
流石に大店と言われる海賊集団だけあって警戒心は人一倍だ。
ここには臓器売買関連のものしか置いていない。
その他の情報に関しては、メモ一枚すら出てこない徹底ぶりだ。
それでもベテランの捜査員を率いるトムソンさんは凄い。
まあ彼の勘としか言えないことだが、シシリーファミリーの気配だけは捉えていたようでそれを教えてくれた。
「すまんな、艦長。
ここには、これ以上の情報はないようだ。
しかし……
これを言って良いかと悩んではいたが、判断は艦長に任すということで話しておこう」
こう前置きされてから話してくれたことは、ここに来る海賊たちの補給についてだった。
ここは利便性が悪いので、ここだけの補給路を作るとなると偉く大変になり、当然無駄も多くなる。
経費が嵩めば自分たちの取り分が減ることになるから、ここだけの補給とは考えられず、他の事業、例えば違法薬物生成などだが、ここからさほど離れた場所にあるとは思えないと言ったことだ。
彼らの執念でつかんだ情報に補給艦自身の燃料についての情報があり、それから考えられることはどう考えても、その海賊の補給船がどこかほかの場所での燃料を補給しないと動けなくなると言うのだ。
しかし、これは別の見方をすれば少なくともどこかにシシリーファミリーの船が燃料を補給できる場所がこの近くにあるということを示している。
まあ草原で針を探すようなものだと言っていたが、それでも探さないと始まらないように思われる。
「ハイ、ありがとうございます。
どうせ野良の海賊退治もありますし、探してみることにします」
「艦長!」
カリン先輩は無駄足を嫌うようで反対のようだが、俺はこういった泥臭い事は嫌いではない。
それに何よりこの辺りは就学隊員を含む乗員の訓練には持ってこいの環境でもある。
「少尉。
私に権限があるのですよね」
「あ」
「私は訓練も含めて気長に探すことを決めました。
訓練だけで艦を出すよりもはるかに無駄がない」
「分かりました」




