ブルース孤児院との交渉
マキ姉ちゃんは本当にこういった面では優秀だった。
多岐にわたり問題点などを挙げてその対応策など一つ一つ丁寧に殿下と相談していった。
殿下に呼ばれ、途中昼食を一緒に頂き夕方までかかり、たたき台と云うよりもとりあえずの方針が決まった。
「そういうことなら、直ぐにでも現地に飛んで下準備をしてもらえますか」
「ハイ、今からですと夕方の便で明日朝到着するのがありますから、その便を押さえます」
「艦長もマキ室長と行動を共にしてください。
ドックの社長との会談もありますし、その方が話は早いでしょう」
「殿下、それは良いお考えです。
艦長の分も席を押さえますから」
そう言ってマキ姉ちゃんは部屋を出て行った。
俺の意向など一切確認されていない。
俺の予定は無いとでもいうのか。
確かに事務仕事以外に無いけど。
その事務仕事が全然終わりそうにないんだけど、良いのか。
俺は情けない顔を殿下に向け、事務仕事について話してみた。
「そうですね。
確かに直前の行動で事務量が飛躍的に増えていますね。
他はどのようになっているのかしら。
軍とかコーストガードとかも一緒でしょ。
あちらの方が動かしている船が多い分もっと大変でしょうしね」
殿下の独り言のような質問に対して俺は知っている限りを答えた。
「そういうことですの。
確かに決まりきったことになるのでしょうね。
これが戦争とでもなれば違うのでしょうが、そうですね……」
そう言うと殿下は何やら考え事を始めた。
ちょうどその時にマキ姉ちゃんが戻ってきた。
「殿下、席の確保が終わりましたからこれから出発の準備に入ります」
「そうですか。
よろしくお願いしますね」
「艦長も、準備してください。
特に副長には予定をしっかりと伝えてくださいね」
そう言われて俺はマキ姉ちゃんに手を取られ引きずられていく。
「艦長。
先ほどの件は私の宿題としますね。
出来る限り負担を軽くする方向で考えますから、また相談させてください」
俺が部屋から出る直前に殿下にそう言われて、俺はただ頭を下げて部屋から出て行った。
ほとんど一日中殿下に拘束されていたから、俺の机の上は昨日よりもさらにひどいものになっていた。
何で???
地上にいればこれ以上事務仕事は増えないはずなのが、確実に増えている。
俺は泣きそうになりながら増えた分の事務仕事の確認を行った。
何のことは無い。
艦内で行っている分がこちらに回ってきただけだ。
当直からの報告と、離艦届の承認などなど、これなら増えるのもうなずける……が、正直今は勘弁してほしかった。
そんなときに副長のメーリカ姉さんが部屋に来た。
「艦長、今日はどちらに」
「殿下につかまって缶詰め状態で会議だった」
「ああ、組織変更もありますからね。
それよりも、乗員のスケジュールだけでも先に処理してもらえますか。
今日一日誰も離艦できないと泣いていましたから」
「ああ、悪かった。
急ぎなら呼び出してくれても良かったのに」
「殿下に呼ばれているのに、遊びに行けないと泣きついてきた隊員のために呼び出せますか」
「確かにそうだな。
それよりも、しばらく俺は出張になる」
そこまで言うと、この部屋にマキ姉ちゃんが泊まりの出張用のバックをもってやってきた。
「副長もいらしたのですか。
ちょうど良かった。
これから艦長は殿下の命令で私とニホニウムに出張に出ます」
「え?
先ほど艦長に言っておられたのは」
「ああ、なので日常の艦内業務の指揮権を私が出張から帰るまで、ただいまより副長に移譲する。
悪いが、離艦届などのスケジュールは頼む」
「了解しました。
只今を持って航宙駆逐艦『シュンミン』の指揮権を預かります。
……
しかし、えらく急な話ですね」
「ああ、俺もさっき殿下から命じられたばかりだ。
あ、そうだ。
副長、この後予定があるか」
「いえ、ありませんが」
「ならよかった。
ファーレン宇宙港まで付き合わないか。
夕食を奢るから。
マキ姉ちゃん、それくらいなら時間はあるよね」
「ええ、それくらいの余裕はありますよ」
「ならマキ姉ちゃんも一緒に夕食でも食べながらさっきの件を副長にだけは説明しておこうよ」
「ああ、それは良いですね。
それにこの件は秘密にするようなものでもありませんし、広く意見を集めた方が良いのかもしれませんね」
そう言って、三人でファーレン宇宙港に向かった。
ここはいつ来ても軍港に見えない。
とにかく設備は下手な民間空港よりも整っている。
ニホニウムは別としても首都星域のもう一つの主惑星であるルチラリアのどの宇宙港よりも立派だ。
当然、食事を摂る所もたくさんあるし、何よりもここはタテ社会にある空間なので、士官は優遇される。
要は人気のレストランでも並ばずに早く案内されるのだ。
それ以外にも士官クラブもあり、士官にとっては非常にありがたい場所だともいえる。
副長のメーリカ姉さんやマキ姉ちゃんは軍所属ではないが、俺はれっきとした宇宙軍人だ。
俺の連れとしてなら士官クラブでも食事はできるのだが、俺のような若造が中尉の扱いとなれば悪目立ちするので、マキ姉ちゃんの希望で一般食堂に向かった。
ここはほとんどの利用者が軍人以外という食堂だが、それでも俺らは待たずにしかも個室に案内された。
ここファーレン宇宙港はどこも軍施設の扱いなので、ほとんど軍人がこなくても軍人それも士官は優先される。
俺らは素直にその扱いを受け、個室に入った。
三人で食事を取りながら先ほどまで殿下と相談してきたことをメーリカ姉さんに説明していた。
「あれ、艦長は既に始めていましたよね?」
「は??
何の事だ」
「だって、希望者に艦載機乗りの訓練をさせていましたよね?」
「いつそんなことを……あ、あの時か」
「ナオ君、何の事?」
「ああ、せっかく若い乗員が居るのだ。
彼らの希望を聞いて早くからそれになじんでもらおうと、艦載機のパイロットを目指しているという就学隊員に艦載機の後部座席に乗せて仕事を頼んだ」
「え、既にそんなことをしていたの」
「ああ、軍やコーストガードでは色々と問題になるが、うちには年齢の規定が無いしな。
せっかく宇宙に居てその機会があればやらせても良いかなと。
尤も軍には18才未満の軍人などいないけどな」
「確かに年齢に関する規定はありませんね。
と云うよりも、うちにはまだその規定そのものがありませんよ。
今までは王宮にある公務員の規定に準拠して動いていますが、そもそも王宮の公務員規定には海賊との戦闘は想定されていませんからかなりアバウトにしていますね」
「確かにそうだが、そうなると俺は未整備な決まり事を悪用したことになるのかな」
「それくらいなら問題ないとは思いますね。
元々うちは殿下が一人一人面接して問題ない人を集めているようですから。性善説に基づいていますが。
でないととっくに破綻していますよ」
それもそうか。
なら安心だ。
そもそも先ほどの殿下の話でも能力と資質、それに本人の希望とやる気で、早くからその方面の教育をしていきたいとのことだったし、俺のしたことも同じだといえる……かな。
まあ、パイロット養成については本庁の部長職に当たる室長の内諾も得たので、今後も続けて行こう。
食事も終わり、メーリカ姉さんに後を頼んで、俺らは夜行の定期便でニホニウムに向かった。
現地到着は時差の関係で、朝ではあるが、既に一般企業などの就業時間を過ぎた現地時間の午前10時になる。
宇宙港に着いたその足で、俺らはまず出身のブルース孤児院に向かった。
ここで殿下の構想を話して協力を得るためだ。
ここブルース孤児院は無事に俺らが卒園しているので、定員に多少の余裕がある。
それでも、今回俺らが保護した子供たち全員を受け入れるのは明らかに無理だ。
殿下はその無理を知恵で切り抜ける算段をしていた。
まず、卒園前だがある程度自活できる子供たちに希望を募って、殿下が作る施設に移ってもらう。
そこで空いた定員で幼い子供たちを受け入れてもらえないかとの相談だ。
しかし、ここから子供たちを引き抜くことにややこしい問題がある。
それは俺も良く知っていた。
ここはブルース提督が個人で設立したものだが、今の運営にはコーストガードからの補助がかなり出ている。
元々ブルース提督はコーストガードで保護した子供たちの受け入れ先として準備したものだが、その保護した卒園生のかなりの者はコーストガードへの就職を希望しているのだ。
今まで保護してもらい育ててもらった恩も感じている意識の高い優秀な一般隊員の大事な供給元にもなっている。
正式に国の機関では無いがそれでもつながりの強い組織で、そちらからの圧力も気になる所だ。孤児院側でも簡単に返事のできる内容ではない。
当然マキ姉ちゃんもその辺りを理解しており、今は緊急避難的な措置として協力を頼んでいる。




