孤児院の計画
翌日もまた、俺は自分の事務所に向かい、残りの事務仕事にかかった。
しかし、目の前の事務量は昨日から減っている感じがしない。
ひょっとしたら永久に俺はここで仕事をしないといけないのか。
そんな錯覚にもとらわれながら事務仕事をしていると殿下から電話で呼び出された。
俺は早速殿下の部屋に向かった。
部屋に入ると殿下はフェルマンさんと俺以上に抱えた事務仕事をしている。
俺を見つけた殿下はすぐに応接間に俺をいざない、早速命令を下してきた。
「お疲れ様です。
昨日は皆さんと会食に行かれたようでしたね」
昨日の会食は殿下からのおごりとなっていたようで偉く豪華なレストランでの会食だったが、一切の費用は払っていない。
下手をしたら『只より高い物はない』なんてことにならないか。
いや、殿下はそんなことはしないだろう。
「ええ、殿下のご配慮に私も勝手にご相伴に預かりました」
「それは良かった。
急な話でしたので、お誘いできなくて心配しておりましたの。
それに他の方たちとも仲良くお話にされたようで、良かった。
本来ならば私が一席設けて皆さんをきちんと紹介しないといけない立場でしたが、とにかくいろいろと事件が続きましたから、こちらの準備が追い付きませんね」
「ひょっとして私に原因が……」
「いえ、ナオ艦長には感謝しております。
こんな短い時間で陛下を説得できるだけの成果を出していただき本当に感謝しております。
もし、来年まで成果が出てなかったらと思うと、本当に感謝しかありませんのよ」
「あ、申し遅れましたが、長官職御就任おめでとうございます」
「ええ、本当に艦長のおかげで、私の夢がかなうような気がします。
今回の件で、広域にわたる犯罪の取り締まりが私自身でできるようになりますね」
「あ、その件ですか。
配属されてきた先輩からお聞きしました。
カリン少尉は殿下のご学友だとか」
「え、聞いていたのですか。
ちょっと恥ずかしい気がしますね。
でも、これは王国の将来にかかわることだと私は思います。
一部の不埒な貴族によって国民が不幸になることは私が許せません。
これは王族に生まれた私たちの責任だと思っております。
しかし、私の考えはなかなか受け入れてもらえなくて、困っていたところでしたから、今回の陛下のお言葉は私の心配を払拭する最初の一歩となるでしょう。
これからも協力くださいね」
「私にできることならなんなりとおっしゃってください」
その後は殿下とこの後の組織強化について相談していた。
とにかく人員が足りない。
殿下はそれをよく理解している。
情報については情報室を作りそこから集めているが、今回の件でその情報室も王宮からの要請でかかりきりとなった。
元々王宮から殿下の監視のために付けられたような部署ではあったので、今回のように緊急事態ともなればそっちを優先されるのは当たり前だ。
捜査員の補強やら機動隊員の補充については、完全に各々の室長に任せるようだ。
その流れから言うと艦船乗組員については俺にどうにかしろと言い出しかねない。
ただでさえコミュ障気味の俺にできる話ではない。
何よりも俺には知り合いが極端に少ないために当てがない。
しかし殿下は別のお考えを持っておられたようだ。
今回『シュンミン』で移動される機会も多く、その際に年端もいかない就学隊員とも少なからず触れ合っていた。
特に子供たちを保護してからは一緒に居る機会が多くなっていたようで、彼らに異常なまでの興味を持っていた。
その殿下が俺に聞いてきたのだ。
「艦長のところに居る就学隊員は将来使えそうになりますか」
「ええ、彼らは優秀です。
今はまだ経験がないために私たちが苦労しながらフォローしておりますが、それも直に無くなるでしょう。
何よりも『シュンミン』に乗っているだけで、経験の量が違います。
私でさえあれほどの経験をしたのは、あの船に乗ってからですから、彼らはすぐにでも独り立ちします。
それに何よりここには色々とある筈の慣習が無いから能力だけ見てひとり立ちさせられます」
殿下は俺が何を言い出したのかよく分からないようで、その後色々と質問してきた。
俺はコーストガードでは年齢の制限などで経験できないようなことまで彼らに要求していることを殿下に説明しておいた。
すると殿下は何か思いついたのか俺に聞いてきた。
「保護中の子供たちについてですが、艦長はどうなると思いますか」
偉く急に話が飛んできたが俺は正直に宇宙で保護した子供たちのほとんどが孤児院に送られていることを話して、今回もそれしかないだろうと思っていた。
しかし、現状はそれほど甘い話ではなさそうだった。
「それができそうにないのです。
前にも子供たちを保護しましたが、あれでも各孤児院は限界を超えていますの。
私たちが保護したから、私の方にもどうにかできないかと相談を持ち込まれておりましたが、この際です。
彼らを私が保護しようかと思っております」
え?
どういうことだ。
俺は殿下の真意が良く理解できず、思わず聞いてしまった。
それを殿下が嬉しそうに答えてくれた。
「小さい子供たちについては孤児院のようなものを準備しないといけないでしょうが、ある程度年齢がいった子供たち、そうですね、12歳以上の子供たちについては仕事をさせながらさらなる教育をしていこうかと考えています」
「仕事ですか……」
「ええ、ここも直に人手が足りなくなりますから、彼らに手伝ってもらおうかと」
「え?
子供をここで働かすということですか」
「なんだか非情なことをするように聞こえましたが、就学隊員のようなことをさせようかと考えております。
当然彼らには希望や特性をよく吟味しますがその準備も始めようかと」
どうも殿下はコーストガードの就学隊員の制度に注目したのかもしれない。
なにせあれほど軍からいいように使われているコーストガードが今でも辛うじてまともに運用されている本当の理由に気が付いたようだ。
コーストガードは一般隊員の質と士気の高さにその価値がある。
上が無能でもたたき上げと言われる人たちが艦長を務めているので、仕事として回っているのだ。
何よりも殿下がその真価を求めたのは、下手な貴族たちの紐が付かない職員だということだ。
殿下により助けられた子供たちが本人の意思で仕事を選べばまず間違いなく殿下に忠誠を誓う。
殿下がよこしまな考えを持っていれば危ない事にもなるだろうが、殿下にはそんな気持ちが無い事は俺でもわかる。
陛下はその辺りも考慮したことで、昨日発表したのだろう。
殿下は直ぐに使えなかろうとも明日を見た仕組み造りを始めたようだ。
ここもどんどん大きくなることは誰が考えても分かる。
最初は首都周辺から始めても全くと言っていいほど人手が足りない、ここに保護した子供たちが大人に成るころには王国全土までをテリトリーとしたら今保護しているだけでは絶対に足りないが、多分これからもどんどん保護する子供が増えるだろう。
まあ、今回のように臓器売買などなくても、商船に乗った子供はいるのだ。
俺らのブルース孤児院にはそんな子供たちが集められている。
殿下も同じようにこれからもどんどん保護をするための準備をお考えの様だった。
しかし俺はふと思い出した。
正直俺は孤児院では良いお兄さんでは無かったような。
この問題は俺よりもマキ姉ちゃんの方が適任ではないかと。
確かに乗員と言った面ではマキ姉ちゃんには分からないだろうが、殿下のお考えはそれ以前からの話だ。
「殿下。
殿下のお考えは正直感心しました。
非常に言いにくい事ですが、殿下は孤児院といったものをどこまでご存じでしょうか」
「確かにそうね。
でも、それならあなたが居るのでは」
「ハイ、私は孤児院出身です。
しかし、運営といった面では全くの門外漢です。
同様に同じ孤児院出身のマキ室長も運営の面では経験はありません。
しかし、私以上に孤児院時代では良く手伝いをしており、この問題を相談されるのには適任かと思います」
「確かにそうね。
そこまで考えが及んではいませんでしたね。
直ぐに呼んで相談しましょうか」
「では、私はこれで……」
「艦長、お待ちください。
一緒に考えてまいりましょう」
俺は殿下に引き留められて、この場でマキ姉ちゃんを交えて相談が始まった。




