おまけ:マークの初陣 前編
今回殿下の応援要請に駆り出された補給艦護衛戦隊という戦隊だが、はっきり云って精鋭ではない。
第一艦隊も第二艦隊も同じ構成であり、その位置づけもほとんど変わらない。
ステータス的には若干ではあるが第一艦隊に分があるが、宇宙軍の最高司令官の役職は、過去の慣例からこの第一艦隊司令官と第二艦隊司令官の経験者が交互に任命されているのだ。
話を戻して、補給艦護衛戦隊についてもう少し説明すると、以下のようになっている。
補給艦護衛戦隊とは、その名が示すように補給艦を護衛するための戦隊だが、そもそも第一艦隊も第二艦隊も補給艦を随伴しての作戦行動など、訓練以外ではほとんど起きていない。
これは王国の置かれている状況が戦乱相次ぐ時代にもかかわらず、比較的落ち着いているために、大規模な戦闘がここしばらく起きていないためだ。
艦隊全体で出撃する機会はほとんど無い。
しかし、宇宙全体の状況は一切の予断を許されないくらい戦乱が相次いでいるので、どの国も自国防衛にはしっかりとした準備はしている。
幸い王国は隣に友好国を抱えている関係で、他の国よりは比較的落ち着いていると言えるが、世の中の状況が状況だけに準備だけは怠りない。
そのような状況にあるために、補給艦護衛戦隊は、いわば保険のような位置づけで、人材の訓練のために使われている。
戦隊司令は将来の提督を育成するべく、色んな意味で優秀な新任の中佐が任命されるのが慣例となっている。
また戦隊所属の三隻の航宙フリゲート艦の艦長も同様に艦長訓練のために新任の少佐が任命されるいわゆる教育戦隊の位置づけだ。
将来のエリートを育てるためにその他の乗員や士官、下士官などにはたたき上げのベテランや十分に経験を積んだ文句なく精鋭と言えるのが乗り込んで、間違いの無いように補佐している。
そう、教育対象のすぐ下に就く人たちにたたき上げのベテランが付くことが多い。
戦隊司令の下の副司令や、副長、下士官は皆経験豊富な者ばかりだ。
何もこの戦隊で教育されるのは将来の提督や戦隊司令候補だけでなく、士官学校を卒業したばかりの准尉たちも含まれている。
ナオたちの同期も第一艦隊第二艦隊に分かれてはいるが、皆この艦隊に一度は配属されて訓練を受ける。
エリート士官養成校を卒業するとこの艦隊に配属されて、直ぐに小隊を任される。
当然、彼らの下に就く部下たちは全軍より選りすぐりの下士官が付き、懇切丁寧に経験を積ませていく。
この艦隊に配属されている期間は人によってそれぞれになる。
学校時代とは違い、実務を経験させてみて、その力量を測る。
人によってはすぐに頭角を現すものもいるので、そんな人材をいつまでも教育させている訳にはいかないためだ。
また、慣例ではあるが士官学校卒業時の成績により上位者はすぐに別の仕事に移っていく。
特に恩賜組と呼ばれる上位10位に入る卒業生は、ここを出るとそれぞれのコースに移って経験を積んでいくことになる。
恩賜組と呼ばれるだけに、早くからそれぞれ希望するコースによって配属されるので、ここでの訓練期間は他の者よりも短くなる。
今回の殿下からの要請で駆けつけて来た補給艦護衛戦隊からも、ちょうど応援要請がかかる直前に恩賜組はこの戦隊を離れて行った。
マーク達恩賜組以外のエリート士官養成校卒業生は、艦隊内での資質や態度などから高評価された者たちが順次それぞれのコースに従って配属先に移っていく。
これは、この艦隊で教育を待つのは何もエリート士官養成校出身者ばかりでないためだ。
他の士官学校卒業生にもここで訓練をしていくので、順次入れ替えて行く必要があるための措置だ。
ナオの同期で友人のマークもまだここで訓練中だった。
ちょうど、上位者が殿下からの要請直前に船から降りて別の配属先に向かうので、次の准尉たちの配属を待つ間に殿下からの応援要請があり、今回のコロニー制圧に際してもマークは部下たちを従えてコロニー制圧に参加していたのだ。
ちょうどマークは最初に現場に到着した航宙フリゲート艦『チカ』に乗艦しており、保安部隊の小隊長の任についていた。
彼は保安部隊の指揮訓練をしていた時に、今回の事件に巻き込まれた。
殿下からの要請で、ニホニウムからレニウムにいる殿下のところに急行した。
戦隊旗艦『カラグア』と2番艦『マイドン』が殿下のクルーザーを護衛して現場に向かうことになり、3番艦の『チカ』が殿下の要請により航宙駆逐艦『シュンミン』の応援に急いで向かうことになっていた。
『シュンミン』をそのレーダーでとらえられる距離まできて、『チカ』の艦長は『シュンミン』に対して応援の指示を仰いだ。
そこで、先のやり取りが行われた。
ナオたち『シュンミン』は既に敵航宙駆逐艦2隻の対処に目途を付けていたために、本来の目的であるスペースコロニーの制圧を頼んだのだ。
元々ナオたちはあの規模のスペースコロニーの制圧は無理だと判断していた。
いくら小型だとはいえ、数百人が生活できる規模の施設だ。
全てが戦闘員だとは思っても居ないが、それでも攻められれば誰でも応戦はしてくる。
初めから軍に頼むつもりでいた。
このことは軍でも殿下からの説明である程度は理解していた。
急ぎ1隻を急行させたのはナオたちが先に戦闘状態に入ったと連絡を受けたので、その後詰のためだったが、その必要がないと分かればスペースコロニーの制圧のために動き出す。
当然1隻の持つ戦力での制圧は軍でも考えていない。
だが、既にコロニーの傍で戦闘状態になっているので、コロニー側で防戦の準備が整う前に橋頭堡だけは築く必要があると『チカ』の艦長は判断した。
航宙フリゲート艦『チカ』の艦長は迷うことなく部下に突入の命令を出した。
『チカ』には規定通りの陸戦隊一隊が強襲揚陸艇を持って乗り込んでいる。
まず、その強襲揚陸艇を使ってスペースコロニーのポート制圧を行わせるよう、命令を下したのだ。
突入一番隊が陸戦隊の猛者たちに続き、『チカ』に乗艦している乗組員にも命令が下される。
「マーク准尉。
副長がお呼びだ」
「ハイ」
マークは、直ぐに艦橋にいる副長のところまで行った。
「マーク准尉。
君の部隊は突入隊に加わってほしい」
「ハイ」
「何、心配するな。
現場の指揮は私がする。
それに、一番危険な切り込み隊には陸戦隊を充てるから。
陸戦隊がバリケード設置をしたら、直ぐに私と一緒にその後に続いてほしい。
とにかくポート内に我々の橋頭堡を築くのが先決だ」
「はい、直ぐに準備させます」
「準備ができ次第、強襲揚陸艇に乗艦してくれ。
私も直ぐに向かう」
後部格納庫には完全武装の陸戦隊30名と、マークが指揮する保安小隊10名が待機していた。
陸戦隊の後ろに整列をして待っていると、艦長が副長を連れてやってきた。
「勇士諸君。
危ない任務になるが、私は君たちが自身の仕事をきちっとしてくれることを信じている。
全員が任務を完遂して戻ってくることを信じているぞ」
艦長が激励に言葉を掛けた後に副長が続く。
「艦長の御言葉を聞いたな。
一人も欠けること無く任務を遂行する。
我らの任務はコロニーのポート内に橋頭堡を築くことだ。
3時間で良い。
最悪でも3時間あれば後続の応援が駆けつけて来る。
我らはその応援が来るまでポートを死守する」
副長の話が言わると陸戦隊隊長が大声で敬礼を掛けて来る。
「艦長、行ってまいります。
全員、敬礼」
「武運を祈る」
艦長が返礼を返すと副長の号令で、全員が強襲揚陸艇に乗艦していった。
揚陸艇内でマークは少し震えている。
それもそのはずだ。
マークにとって、いやナオの同期組の誰よりも早く実戦に参加するのだ。
ナオの初陣が異常なだけで、マークのこの初陣も普通ならありえないくらいの早さでやってきた。
ほとんどの士官候補生上がりの初陣は、ただ何となく実戦の場にベテランの先輩たちの後からついていくような簡単なものなのだが、この作戦は慣例とは違い重要で危険な作戦に参加させられたのだ。
元々軍人の家系で育ったものならば幼い頃から周りの大人たちに色々と聞かされて覚悟のようなものを育てて来ただろうが、マークは違う。
ましてや、ナオのように自殺志願者でも無いのだ。
自身が死ぬことを恐れても不思議が無い。
ましてや彼の部下たちの命を預かる立場ならなおさらだ。
しかし、何故そんな重要な作戦で初陣の士官を使うかというと、これには副長の計算がある。
前にも言った話だが、この戦隊の兵士たちはベテランが多い。
このような肉弾戦も考えられるような作戦ではリタイヤ前の下士官は使い難い。
経験があるから早々敵に後れは取らないだろうが、それでも選べるのなら脂の乗り切った精鋭たちを使いたいと思うのは人の性だ。
たまたまだが、マークを補佐している下士官が経験を十分に積んだ30前の女性だった。
こと荒事に関して、副長は彼女をこの船で一番信頼しているのだ。
彼女なら、彼女が率いる小隊なら、新人のマーク准尉もしっかり補佐して作戦を成功させるはずだと。
そう、マークの心配事の一つに部下の命もあったが、これはマークの取り越し苦労だと周りは思っている。
逆にマークの安全までも課せられた下士官にやや同情が集まっているのもやむを得ない事だろう。
そういう意味で、マークの初陣はこれ以上ない恵まれた環境でなされたものだったのだ。




