先輩の赴任
捜査拠点の移動を決めると殿下の動きは早かった。
機動隊員と一緒に殿下のクルーザーを使って捜査員とともにレニウムに向かった。
俺はというと、やっと搭載機の乗員の異動が決まったというので、着任を待って向かうことになった。
内火艇の所属は機動隊になるが、今のところ広域刑事警察機構設立準備室には、『シュンミン』しか艦船が無いので、『シュンミン』で保管管理することになり、機動隊員は既にレニウム星域に向かったが、内火艇は『シュンミン』に残っている。
機動隊員が使わない時には自由に使っていいことになっているので、艦載機パイロットが就任するまでの3日間、俺はこの内火艇で遊んでいた。
カスミはここに来た時の日課になるドックに行って例の無線機と戯れているようだ。
今回はマリアを連れて、カオリと三人でドックに行ったので、さぞ賑やかなことだろう。
殿下たちがここを離れてから3日目に予定していた艦載機パイロットが整備士とともに赴任してくる。
俺はドック隣の準備室が用意した敷地に停泊している『シュンミン』の外で彼らの到着を待った。
コーストガードの公用車が敷地内に入り、俺の前で止まった。
車から6人の新たな仲間が下りて来る。
あ……
「ひょっとして先輩ですか」
俺は非常に情けない言葉を発した。
俺のところに来た乗員情報では、今回就任するメンバーは皆知っている者ばかりとなっていた。
パイロットの2人に、整備士3人の5人と聞いていたが、目の前には6人いるのだ。
その6人の先頭を歩いているのは、宇宙軍少尉の階級章を付けた女性だ。
しかも俺は彼女のことを知っている。
俺の士官学校当時の一つ上の先輩で実習などで何度かお世話になった人だ。
確か…、そうだ、ブルーム子爵のご令嬢で卒業時の席次は数々の恩恵を受けられる上位10位以内に入っていたはずの先輩が何故???
「カリン・ブルーム、宇宙軍少尉以下6名の『シュンミン』への異動を申告します」
先輩がそう言うと胸から異動に関する書類を俺に手渡してきた。
全員分6枚の書類。
後で俺はこれに目を通して事務方に渡さないといけないやつだ。
こういった部分には、まだ端末での情報のやり取りはされていない。
遅れているのか、ただ単に形式美を重んじる風潮なのかは分からないが、こういったけじめに関するものは必ず書面でサインを求められるのだ。
俺はそれを受け取り、丁寧にポケットにしまった。
「異動について了解した。
『シュンミン』にようこそカリン少尉。
それにみんなよく来てくれたな。
トーマス整備長。
私の呼びかけに応じてくれて感謝します」
そう言いながら先輩の後からついてきた顔見知りのパイロットや整備士たちをねぎらった。
「ここでは何ですから、『シュンミン』に案内します」
そう言って後部ハッチから全員を艦内に連れて行った。
後部格納庫では既に副長のメーリカ姉さんが待機していたので、パイロットと整備士たちを任せて俺は先輩のカリン少尉をとりあえず艦橋に連れて行った。
「しかし凄い艦ですね。
話には聞いていましたが……」
先輩はしきりに艦内の内装に感心していた。
しかし分からないのは何故先輩が出向してきたかということだ。
まだ広域刑事警察機構の位置づけが決まっていないので、左遷とも言い切れないとは思う。しかし、駐在武官などとは違ってエリートコースとは決して言えないだろう。
左遷組の俺が艦長を務める艦なので、王国内での認識としてはかなり左遷に近い存在だと思っていたが、その辺りはどうなのだろうか。
例の貴族パーティーで聞かされた話などでも殿下の道楽といった認識もあるのだ。
そんな組織にエリートコースに乗っていた先輩がしかも後輩である俺の下に就くのが分からない。
まず、艦橋で先輩の仕事について説明した。
今まで空席となっていた、艦載機管制という部署に就いてもらう。
これは初めから先輩も分かっていたようで、自身の管理下に置かれるパイロットや整備士たちとは俺たちよりも先に合流して顔合わせは済んでいる。
先輩は先に航宙フリゲート艦『アッケシ』に向かい、パイロットたちをピックアップして軍の連絡船を使ってここまで来たのだ。
『シュンミン』内では俺の部下となり、艦内での序列が副長の次となる第3位になる。
これは非常に微妙な順番だ。
なにせ序列2位のメーリカ姉さんはコーストガードの少尉。
彼女は軍からの出向者じゃ無いから軍での階級などは無いのだが、もし出向者として仮定するなら軍では准尉となり少尉である先輩の下の階級だ。
しかし、現場経験や年齢(女性に年齢の話はタブーだが敢えて考えると)ではメーリカ姉さんに軍配が上がる。
とにかく俺の職場である艦橋が微妙な空気になるのだけは避けたいので、艦橋での説明が終わると、殿下の処からお借りしている保安員の一人に艦内を案内させた。
その後俺は後部格納庫に向かいメーリカ姉さんと合流した。
「副長。
どんな感じだ」
「どんな感じといいますと?」
「トーマスさん達だよ。
直ぐになじめるかな」
「大丈夫ですよ。
それよりも彼らは直ぐに搭載機の方に行かれて、こちらの説明なんか聞いてはいないですよ」
「それは困りものだな。
あ、制服などは午後には来るそうだ。
それを待たないと出発はできないから、ここの出発は明日だな」
「マリアたちはいつ呼び戻しますか」
「夕方には呼び戻そう。
士官が増えたし、夕食に士官だけでも先に紹介をしたい。
明日の朝、全員を外に出して、そこで紹介をした後、出発させよう」
「分かりました。
準備しておきます」
俺はトーマスたちとの会話を諦めて艦長室に戻った。
艦長室から殿下にカリン少尉以下全員の乗艦を報告して、お礼を述べた。
殿下からはカリン少尉をくれぐれもよろしくとのお言葉を貰った。
どうも以前からカリン先輩のことを殿下は知っている様だった。
まあ、王族相手でも先輩は貴族の出だ。
前から面識があっても不思議ではないが、それでも殿下の口ぶりでは親しそうに感じられた。
年も殿下と近い事からいわゆるご友人といったやつかもしれない。
艦内の案内を終えた保安員はカリン少尉を艦長室まで連れて来た。
え?
自室でしばらく休ませるつもりだったのだが、カリン先輩から開口一番にクレームが付いた。
自室をどうにかしてくれと。
なんでも仕事場としてふさわしくないとか。
あんたは貴族出身だろう。
そのくらい我慢しろと言いたいが相手は先輩だ。
ぐっと我慢しながらクレームを聞いていた。
「何ならこの部屋と代わりますか、艦長の職責も譲りますよ」
「な、何を言っているのですか。
冗談でも指揮命令に関する問題になる冗談はやめてください」
思いっきり怒られた。
だが、俺の冗談も意味が無かったわけではなさそうだ。
先輩は怒りながら俺の部屋を観察し始めた。
そして固まった。
やはりそうなるよな。
俺は、先輩を連れてお隣に向かった。
ここは殿下がいなければ閉鎖される部屋だが、ここも見せておく。
「この部屋、なんだかわかりますか。
殿下がこの艦に座上するときにお使いになる部屋です
見てもらえれば分かると思いますが、この部屋を基準に部屋が作られております。
この艦ですが、改造時に費用面でかなり無理をしており、全てが廃棄船の流用品です。
問題はその廃棄船が王国一番の贅を尽くしたジュエリー・オブ・プリンセス号だったことです。
ちなみに就学隊員の部屋見ましたか」
「いえ、そこまでは見ておりません」
「え、あそこを見せないと誰も士官用の個室に入ってくれないよ」
俺の文句に案内してくれた保安員が謝って来る。
「艦長、どういうことですか」
「先輩、あの兵士未満とまで揶揄されている就学隊員の部屋ですらあの豪華客船の2等船室を改造したものなんですよ。
下手をすると宇宙軍戦艦の艦長室よりも贅沢かもしれませんね。
少なくともコーストガードの戦隊司令室よりは広さを除くとあいつらの方が良いものを使っていますよ」
「え!」
「ということで先輩も我慢してください。
私だって我慢しているんだから」
俺は思わず本音でしゃべっていた。
何も知らなければ驚くよな。
今までお客様として乗艦させた人たちはほぼ例外なく士官用の部屋を拒否している。
理由はあまりに贅沢が過ぎるというのだ。




