とんでもない初訓練の結果
第一回目の全艦挙げての戦闘訓練は、訓練に入れずに終わった。
惨憺たるものだった。
「良かったよ。
こんな状態で海賊との戦闘になったらと思うとぞっとする」
「そうですね。
この後どうしますか」
「艦内のレベルを通常に戻して、各部の班長を艦長室に集めてくれ。
対応を協議する」
「機動隊の訓練はどうしましょうか」
「そちらは計画通り小惑星に近づいて行う。
私からアイス隊長に話しておくよ。
悪いが、艦橋を頼む」
俺はそういうと、アイス隊長を探しに後部格納庫に向かった。
機動隊訓練は予定通り??に後部格納庫からパーソナルムーバーを使って宇宙遊泳で小惑星に乗り込む訓練を行った。
その間、我々は艦長室で、今日の反省を行っている。
保安隊の協力もあって、全体像を把握した時には頭を抱えた。
就学隊員の内、10名近くが艦内で迷子になって泣いていたそうだ。
今までの通常業務ではなかったことなのだが、初めてのことで緊張したのか、パニックになった者もいたとか。
報告を聞いたマリアはさも人ごとのようにつぶやく。
「私たちもあってね。
初めての艦で最初の訓練なんか何にもできずに泣いていた子もたくさんいたね」
「あ?
マリア、どういうことだ」
「え、艦長。
私は泣かなかったよ、エッヘン!」
「そういうのを聞いたんじゃないよ。
初めてってそんなものか」
俺たちの会話を聞いたメーリカ姉さんが教えてくれた。
とにかく初めての訓練は緊張するものだそうだ。
特に就学隊員のようにまだ幼さが残る兵士などに多く、混乱するものが出るのだという。
しかも、大抵の場合それでも就学隊員を数年経験した後に乗艦するもので、乗艦前に地上でしっかり訓練を積んだものでも起こると教えてくれた。
「そうですね、まだ一年目にはきつかったかもしれませんね。
今までついてこれただけでも上出来の部類かと」
上出来だろうが、流石に現状ではまずかろう。
まずはその対策からだ。
何より反省しなければならないのが、見本となるべき1等宙兵でも部署に着けなかったものがいたことだ。
流石に兵器の取り扱いには問題ないレベルになっていたが、急な命令で戦闘に入れないことが判明してしまった。
まずは自分の部署まで行けるかどうか。
俺は各班のリーダーに、その訓練を命じた。
この後、艦内では各部署のリーダーが中心になって、緊急招集の訓練を行っていたので、かなり艦内は騒がしくなっていた。
「次は10時間後ですか」
カスミが俺に聞いてくる。
今のペースでいけば10時間後にはニホニウムが属するイットリウム星系の外郭にある小惑星帯に着く。
殿下からもらった最新の情報でこの辺りにも怪しげな場所があるということなので、調査をするが、その際に訓練するかと聞いてきたのだ。
「ああ、できるまで訓練しておこう。
期待はしないが、訓練をしない訳にはいかないだろう。
それに調査中は準戦レベルを維持しながらでないと、正直不安だよ」
機動隊ははぐれを使って2時間ばかりの訓練を終えて、各自休憩に入っている。
俺はもう一度アイス隊長のもとを訪ねて、先の不手際を詫びた。
アイス隊長は笑って許してくれたが、本当に赤っ恥をかいた。
それから小惑星帯に着くまでの時間を使って通常から準戦にレベルを変える訓練を繰り返し行った。
3回目になってやっと迷子は出なくなり、5回目になって初めてレベルの変更ができた。
「副長、時間を聞いても良いか」
「レベルを変更してから準戦に入るまで34分でした」
「この後臨戦に入るまでどれくらいかかりそうかな」
「主砲やパルサー砲の試射をさせるとなると、正直分かりません。
今までの訓練から考えますと20分見てもらえれば」
「そうだね、通常レベルで敵を発見してから1時間弱で戦闘態勢が整う訳か。
どう思う、副長」
「それ、答えなければいけない質問ですか、艦長」
そうだよね、頭痛いよ。
俺らは無事に小惑星帯の淵まで来ていた。
「艦長、どうしますか」
「副長、予定通りに訓練を始めてくれ。
それにカスミ、ここから1時間後に攻撃出来る位置にある小惑星を見つけてくれ。
それで訓練しよう」
それから42分後に臨戦態勢が整ったので、主砲を数発目的の小惑星に向け発射してから、機動隊員による強襲訓練を初めて行えた。
訓練開始から2時間後に機動隊員が帰還して訓練を終えた。
「よかった。
無事に訓練出来て」
思わず俺の口からそんな言葉が漏れた。
そこから戦時体制を解除して艦内レベルを臨戦まで落とし、付近の調査を行った。
小惑星帯に入り訓練後に殿下からの命令に従って、調査を始めた。
艦内ではほとんど先の訓練の成功でやりつくした感が漂い、ややダレた状態で5時間付近の調査を行っている。
尤もこの調査、ほとんど艦橋のしかも無線や哨戒を担当している部署だけで、他はやる事が無い。
まあ気の利いた部署では自部門の訓練をしているところもあるが、ほとんどダレた状態で時間を過ごしていた。
まさかこの後あんなことが起こるとは誰も考えていなかった。
なにせ艦長があくびをかみ殺すのが必死の状態での調査だ。
部下を責めるのは酷というものだ。
それは、とうとう我慢できずに俺があくびをしたところカスミに見られて冗談を言われた時だった。
現在レーダー監視と光学センサーの監視は交代して哨戒副士のバーニャ指導のもと哨戒兵のララ(一等宙兵)と二人の就学隊員(二等宙兵)が監視している。
油断していた訳では無いが、正直この段階で働いているというのが、ここ哨戒部門と通信部門、それに操艦部門だけだろう。
この三部門も艦橋勤務なので、同じ艦橋勤務の攻撃部門は緊張感なんか有ったものじゃない。
そんな空気は伝染するから、どうしても注意力が散漫になるのはある意味やむを得ない事なのかもしれないが、ちょうどそんなときを狙いすまされたように近くの小惑星からレーザー攻撃があった。
哨戒用コンピュータがいち早く警報を発するが、オペレーターの誰一人反応できていない。
「な、何があった」
「どうしたの、ララその席代わって」
と、待機中のカスミが直ぐに哨戒用コンソールにしがみつく。
「艦長、第二攻撃があります」
やばいってもんじゃない。
先の訓練で分かったことだが、今から臨戦態勢に入ろうにも交戦できるまで優に20分はかかる。
どうしよう。
………
まずは現状の確認だ。
「各部被害報告
カスミ、第一波の攻撃はどうなった」
「初弾のレーザーは当艦後方を過ぎて行きます。
多分当艦の速度を見誤ったのでしょう
艦は被弾しておりません」
「艦長、どこも被害なしです」
だとすると俺が次にしないといけないのが応戦なのだろうが、現状ではできるはずは無い。
20分も殴られっぱなしで耐えるなんてできようがない。
まだ敵さんが誰だか分からないが、こんな所でぐずぐずしてようものならいずれ攻撃も艦に当たるだろう。
応戦でもできれば話は別だが、……できないのなら逃げるか。
逃げるしかないか。
そうと決まればすぐ実行だ。
「副長、速度増速。
最大以上出すぞ。
14AUで30秒、その後12AUにて直進だ。
一旦逃げるぞ」
「は~」
「何している。
急げ」
「ハイ、艦長。
速度増速14AU」
「速度増速了解」
「30秒後減速、12AUへ」
「まもなく30秒になります」
「減速12AUへ」
「了解」
「機関長。
現状確認」
「あれくらいなら問題ないよ、艦長。
前にも出しているしね」
「そうか、なら副長。
次は異次元航行だ。
レベル1で異次元航行へ」
「異次元航行準備。
進路そのまま」
「準備完了。
障害物無し、進路決定できました」
「レベル1で異次元航行へ」
「了解」
「これでひとまず安心かな。
副長、艦内レベルの変更だ。
直ぐに臨戦態勢に」
「了解しました
艦内レベルの変更。
艦内各位へ通達。
準戦から臨戦に変更せよ。
繰り返す、これより臨戦態勢に変更せよ」
「カスミ、悪いが付近の警戒を厳に」
「異次元航行解除後の警戒をします。
レーダー検出範囲に反応なし。
小惑星もありませんから奇襲の危険性はありません」
ひとまず助かったという訳か。
なら落ち着いて準備ができるな。




